・イケメン美女が出てるから売れる
・インフルエンサーが褒めてるから売れる
・性癖に刺さるから売れる
・売れてるから売れる
を乗り越えるには。
僕は、
「ネタバレをせずに、その面白さを伝える力」
が必要だと思う。
なぜそれが面白いのか、
前1/3のセットアップ部分を使って伝える技術が、
広報に必要だと思う。
キャッチコピーを書く力もだ。
短い言葉でその本質を、
ストレートにではなく文学的に伝える力だ。
ポスタービジュアルもそうだろう。
ブロッコリーに頼るのではなく、
その物語の本質をイコン化し、
なおかつ美術品として価値のあるものにしなければならない。
要は、宣伝部が、
作家と同じくらいクリエイティビティがなければならないと思う。
日本が元気だった頃、80年代は宣伝部がそうだった。
その企業の中で最も実力のある人間の部署だった。
なんなら開発よりだ。
開発が理系的実力がある人たちの集団だとしたら、
宣伝部は文系的実力がある人たちの集団だった。
今大企業って潤滑油みたいな人ばっかり採ってて、
実力のある人は採ってないよね。
だって実力のある人は怖いもんね。
それだけ厳しいからね。
もうひとつ重要なのは、
まともな批評家の存在であろう。
面白いものは面白いといい、
詰まらないものはつまらないと素直にいう、
その作品の価値を同定する、
正しいセンサーのような人。
宣伝部に金を貰うから忖度する批評家がいる。
忖度しない孤高の批評家が、
別個に存在するべきだと思う。
その人たちがどうやって食うかは分からないが、
批評が機能しない業界は反省がないと思う。
なぜその作品は面白いのか?
なぜそれがいいのか?
なぜそれはだめなのか?
なぜその作品は詰まらないのか?
それを語れないやつは、
界隈を貧しくするだけだと思う。
勿論批評家たる者、
過去の名作との関係から論じて、
比較できなければ意味がない。
そんな批評をあまり見ないので、
とても残念だ。
作家は大衆より先に新大陸に到達すること。
宣伝部は大衆に向かって、
このような新大陸を発見したぞと上手に伝えること。
そしてそれが本当に新大陸だったかを、
批評家が検証すること。
このサイクルが回らないと、
おもしろい作品が市場で売れるという、
健康な市場は作れないと思う。
売れるから売れるものをつくって、
売れてるのは飽きたと言われるサイクルではないものにしないと、
市場は疲弊すると思う。
そして今や疲弊していて、
再生力を失いつつあると思う。
昔「これは面白いと思うけど、ウチでは売ることができない」
と言われた。
どこなら売れるのか何故考えないのかと、
商売人としての感性を疑った。
商売人は売れるものを売りながら、
新入荷したおもしろいものも売るべきだ。
その感性がその商売人のステータスになるんだから。
新入荷商品をうまくプレゼンできない無能は、
売れるものを仕入れるだけの右から左の人になる。
右から左ならAIでも出来ることになる。
そうして店から人がいなくなり、
自動生産工場になるのだろう。
クリエイティビティの粋を尽くすべきものが、
工場生産品化していることが問題だ。
クリエイティビティとは、
面白い/面白くないを「論じる」ことで明確化される。
ただ感想を言うだけでは焼け野原だ。
2021年06月10日
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