2021年06月27日

シリーズ物は、変化を恐れてしまう

物語とは変化である。
しかしシリーズ物は変化を恐れる。
だからシリーズ物は期待はずれで飽きられて終わってしまう。


シリーズ物は、
キャラ人気、世界人気を当て込んでつくるものである。
だから、人気のキャラをそのまま使おうとする。
前のものと違いがあることは偽物ですらあるわけだ。

だが物語とは変化のことである。
あることを経験した人間が、
ある変化をする旅を描くわけだ。
だから、
シリーズとはいえ、
前のものから変化して終わる、
ということが往々にしてあるわけだ。

これがシリーズ物の商売の仕組みと相性が悪い。

シリーズ物での商売とは、
「なるべく無駄な投資をせずに、
儲けること」である。

一回受けたのだ。それまでにいくつ爆死したと思っているのだ。
だから、何回も受けるならば、何回でも受けたいのである。
その分、無駄な爆死する投資を避けられるからである。
これは投資から見た気分にすぎない。
観客から見たやり方ではない。

観客から見たら、
「前の冒険を超えるもの」を求めているのであり、
「前と同じもの」を求めているのではない。
だから、前よりもエスカレートした冒険で、
前よりも大きな変化を求めているのだ。

なのに、その期待を下回る、
変化のないものに仕上がっていたら、
離脱するのも当然である。


つまり、投資する側が分かっていないことが問題だ。


バンダイがガンダムを支配して、もう何十年になるだろうか。
ゼータ以降のガンダムは、
ただシリーズを続けるためだけにやっているように思える。
ファーストガンダムが提示した、
「人類の進化」について、
いまだに答えが出ていないのはどういう了見だろうか。
強化人類やサイコフレームは、単なる超能力でしかなくなってしまっている。
「人類が宇宙に進出したことで得られた、
認識能力の拡大」
というテーマは、
ゼータ以降単なる超能力に矮小化されてしまい、
「人類の変革」は依然として描かれていない。
なぜなら、
それを描いたらシリーズが終わってしまうからだ。


エックスメンも同様で、
マグニートとプロフェッサーの戦いは、
戦いのはじまりは描かれていても、
決着は描かれていない。
異常な少数民族として迫害を受けたマグニートの、
恨みは開放していない。

長期ものになればなるほど、
それはエンドへと変化していかない。

ベルセルクもパーティーの楽しさだけになってしまい、
蝕以降のゴッドハンドとの戦いや、
グリフィスの王国についてはついに追求されなかった。

はじめの一歩では、
強いってなんですか、とか、宮田との因縁や、
バトンタッチされた世界挑戦は、
すっかりどこかへ行ってしまった。


シリーズは、変化を恐れる。
一方、物語は変化することで完結する。

両者は相性が真逆だ。

プロデューサーは、制作委員会は、出版社は、
なるべくシリーズから変化を除いて長期的に儲けたい。

物語の作者は、
なるべく変化して劇的なストーリーにしたい。

観客は、
シリーズものとして楽しみつつ、
かつて覚えた興奮以上を求めている。


プロデューサーサイドだけが、
作者と観客の蜜月関係を邪魔している。

もちろん、邪魔するつもりで意図的に邪魔しているわけではない。
むしろ、邪魔していることを知らないことが、
僕は問題だと思う。
人の足を踏んでいるのに、気づかないことと同じだと。


スピンオフなどでも同様である。
本編で変化した以上の変化をしてしまうと、
本編に影響があるから、
スピンオフはどうしても変化の度合いは少なくなってしまい、
それゆえにストーリーの醍醐味は縮小気味になってしまう。
それってつまり、「微妙な評価」ということだ。

微妙な評価でもいいから儲けを続けるのか、
儲けは捨てて、よりよい評価を求めるのか。

投資から見たら、
リスクを避けて現状維持、という命令になるだろう。

つまり、リスクの少ない、丸い安パイが、
量産されることになる。



僕は、投資する側が間違っていると考えている。
投資の原則に物語商売が従っていないのではないかと。

僕は投資を専門にはやらないので、
誤解があるかもしれないが、
前作を超えるように、
前作よりハイリスクを抱える、
というやり方を聞いたことがない。

「前も儲かったから、今回も儲かるよね」
というとらたぬしかない気がする。
少なくとも、僕の周囲では。

いまだに忘れられないのが、
風魔2をやる条件で、
予算が7がけになるということだ。
初期投資をせずに継続で儲けたい、
という投資側の理屈と、
次は聖剣戦争になるんだから、
倍掛けの予算がいるだろうが、という現場の、
乖離がものすごかった。

どの口で、聖剣戦争を、夜叉編の7がけで作れるというのか。
(夜叉編だって全然予算がないのをあんなに工夫したのに)



物語は変化である。
変化しないものは物語ではなく、
人気キャラ商売である。

投資はおそらく、キャラ商売の原理なのだ。
物語に投資するとはどういうことか、
投資家に聞いてみたい。

なぜなら、投資家ぬきの物語商売は、
現在ほとんどないからだ。
posted by おおおかとしひこ at 00:50| Comment(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。