2021年06月30日

前向きのリライトと後ろ向きのリライト

リライトには二種類ある。
それを前向きと後ろ向きということにする。


別に、ポジティブな気持ちとか、ネガティブな気持ちの、
前向き、後ろ向きということではない。
攻めと守り、という言い方に変えてもいいかもしれない。

後ろ向きのリライトは、
矛盾を直すとか、
ミスを除去するとか、
誤解を招く表現を見直すとかのことだ。
誤字脱字の追放は、
もっとも後ろ向き(守り)のリライトである。

分りやすく表現しなおすことも、
後ろ向きかもしれない。
万人にとって分る表現などないのだが、
待ちを広くすることは、
守りという点ではいいことだろう。


前向きのリライトは、攻めのリライトである。

つまり、
もっと面白くならないのか?
というリライトだ。

ぐだぐだしているところをカットする、
煩雑なところをよりシンプルにして強くする、
まったくこれまでなかった要素にまとめて、
よりシンプルに強くする、
などである。


後ろ向きのリライトは誰でもできる。
チェッカーがいればよい。
なんならAIでもできると思う。
(こういうわかりやすい例がある、
こういう誤解を招く表現の例がかつてあった、
などと自動検索して例示することすら可能かもしれない)

しかし、前向きのリライトは、
作家にしかできない。


作者という人間は、
ほんとうは前向きのリライトのためのアドバイスが欲しい。
いまいちだと思っていて、
それを突破するにはどうすればいいかわからないからだ。

ところが、
そういう人に、
後ろ向きのアドバイスだけをする人がいる。
それは母親にいい子でいろと言われ続ける不快感しか生まない。

世の中に出すものだから、
きれいに整えなければならないということはわかるけど、
それはあくまで後ろ向きで、
前向きのスピードを遅らせるなら、
僕はいらないと思っている。

到達速度を上げるリライトをするべきだ。
遅らせるリライトをするべきではない。


作者というのは、
ついつい後ろ向きのリライトをしがちである。
よけいな説明やエピソードを足して、
本来強く濃くするためのリライトを放棄してしまう現象。
要素を足したことで、
不安が解消した気になっているリライト。

そうではない。
「それは後ろ向きのリライトにすぎず、
前向きのリライトではない」
と指摘することが、
ほんとうのリライトのためのアドバイスである。

「じゃあどうすればいいのか」
という答えがほんとうは欲しいが、
それは作者が考えるべきだろう。


後ろ向きばかりする人と、
仕事をしたいと思うかね。
世の中のプロデューサーは、
後ろ向きのアドバイスしか最近していないのではないか。
クレームを未然に防ぐ恐怖で動いているからね。


遠く、速く、強く、大きく。
作品をそうするアドバイスでないかぎり、
一緒に仕事をしたとはいえないと思うよ。
posted by おおおかとしひこ at 00:17| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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