知識が多くて専門的な判断ができることが、
知的ではない。
感情を知性で制御できるかが、知性である。
注射が怖くてもワクチンが必要だと判断したら我慢するのが、
知性というものだ。
そして、それが知的かどうか、
判断できるのも知性だ。
客観的な事実に基づき、客観的な法則から、
客観的な結末を予測することが、知性だ。
専門家は、知性ある者に向けて、
判断に値する知的根拠を説明するべきだろう。
政府や上級には知性のある人間がいないようなので、
我々庶民は、せめて知的でありたい。
今年も京都に帰れないのか。
もう二年行ってないやな。
この感情を、知性で制御するしかないのだね。
いつかこのバカと知性の話を、
寓話のような物語にしたためたいものだ。
2021年08月05日
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