2021年11月25日

ショウアップとリアリティ

リアルでは、登場する時に音楽が鳴る人はいない。

でもプロレスや格闘技では、入場曲がかかる。
スポットライトがガンガン動き、紙吹雪やスモークが焚かれる。
歌舞伎も拍子木が鳴り、松の木が動いたりする。
アナウンサーが叫んだり、「よっ!○○屋!」と観客がいったり、
観客がコールしたり。
ライブではコール&レスポンスもある。

ショウアップはショウアップで面白いよね。


今作ってるCMで、
マスクマンがやって来る場面で、
なぜか普通の場所で紙吹雪を降らせてみたら、
面白かった。

やっぱプロレスは、
紙吹雪や煙や火花がないと物足りないよな。
入場曲をかけたいがそんな尺がないので、
ビブラホン(与作のカーッていうやつ)をつけてみたら、
ヤッターマンの登場シーンになって面白かった。
ジャジャーンはリアルでは鳴らないが、
漫画的登場シーンでは鳴る。

そういったショウアップ要素とリアリティの差を、
どのように使い分けるかを、
最初から計算しておくべきだろう。

なんだかんだいって、
ドラクエのオープニングファンファーレは、
最高にあがる。
でもリアルでそれは鳴らない。


どこのグラデーションを取るかが、
ジャンルを決めるってことだと思う。

リアリティレベルを考えて、
劇中で一切音楽は鳴らさない、
音楽が流れるのはテレビやラジオや街中のスピーカーからだけだ、
という演出の仕方もある。

音楽の力を信じて、
劇伴をドラマチックにするレベルもある。

登場音も鳴り、暗転してスポットライトが当たり、
下からマイクがせりあがってくるレベルもあるし、
突然歌い出すミュージカルだってある。

表現は自由だが、
それが目的のリアリティレベルに合っているかはとても大事だ。
だからジャンルを決めるのが手っ取り早い。

そのジャンルではそれが普通、
というものを決めてしまい、
序盤5分以内にそれが分かると、
観客は乗れるぞ。

リアルだと思ってたら入場曲がかかったり、
陽気なミュージカルだと思ってたのに深刻になりすぎるのは、
ジャンルが変わってよろしくない。
もちろんそれがそのストーリーのアイデンティティになるくらい、
重要な変化であればそれは正しい表現だけど。

(たとえば、「フロムダスクティルドーン」の、
途中でジャンルが変わるのは効果的か?
僕は失敗だと考えている。
テレビ番組ではたまにテコ入れでジャンルが変わるものがあるが、
それは延命措置にすぎず、
やはり失敗であることに変わりはない)


ショウアップはどこまで?
スポットライトやミラーボールは当たる?
音楽は?

すべてはあなたが決めて良い。
そして、決めたらブラさないか、
ブラすことを表現として内容と一致させるかだね。

意図してないのにバラバラだったり、
どれも中途半端だからジャンルを変えてごまかすのが、
一番下手だ。
posted by おおおかとしひこ at 00:40| Comment(2) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ジャンルが途中変わる作品で、プレデターを思い出すんですが、
戦争モノだったのにSFエイリアンモノになってる
プレデターはどう思いますか?
Posted by 紫 at 2021年11月27日 01:40
>紫さん

リアタイ以来見てないので忘れました。
当時はベトナム戦争ものが山ほどあって、
トラックに轢かれて異世界転生くらいのジャンルだったように思います。
で、いつもの展開じゃなくて、
エイリアンが出てくるジャンルだろ?
くらいに思ってましたね。

ランボー、地獄の黙示録、フルメタルジャケット、コマンドー
ときて、プレデター、
みたいな文脈なので、
ダシを変えてきたな、なんて普通に見てました。

あるいは当時はSFXのモンスターは後半にしか姿を表さない
(予算がかかるから)のは知ってたから、
前半を埋める芸はなんだろうな、なんて見方をしていて、
それが戦争ものね、ハイハイ、
みたいな見方だったような記憶です。

B級はジャンルが変わるのが常なので、
そこまで意識してなかったですね。

タランティーノ以降「わざと構成を崩す」のが流行って、
その極端なものがフロムダスクティルドーンでした。
それ以降は、「やっぱ途中で構成ぐちゃぐちゃにしたり、
ジャンル変えるのはやりすぎなんじゃないか」
という反省の空気になっていった気がします。

脚本論の鉄則に、
「初手に近い状態でジャンルを示すこと」
というものがありますが、
たくさんの「途中でジャンルが変わった失敗作」を見た上での、
ふつうに楽しめる作品をつくるための教訓のような気がします。


プレデターでいえば、
そもそも出渕裕デザインのチェンジマンのブーバのパクリだと、
誰もが?知ってたので、
(その前にロボコップがギャバンのパクリだったし)
ジャンルのパクり合いが当時の常識だったような。


そうそう、ベトナム戦争ものは、
「西洋人の常識で戦争に行ったら、
異国のジャングルと異国のゲリラ兵に出会い、
混乱と恐怖があった」
ということをしばしば描いています。
(地獄の黙示録では、ジャングルの中にテーブルを置いて、
正装してナイフとフォークで飯を食うシーンがあり、
それ暑いやろと突っ込みたくなるシーンがあります。
西洋人の常識がいかにアジアで浮いてたかを示しているシーン)

ベトコンへの異形の恐怖を宇宙人にたとえているから、
ジャンルが変わってないとも言えますね。


なんにせよ「当時は気にしてなかった」かな。
今見たら違うことを思うかもしれない…
Posted by おおおかとしひこ at 2021年11月27日 07:22
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