2022年03月01日

早く解決してくれという思い

執筆は時間がかかる。
一週間で終わるわけがなく、
だいたいは一か月かかることになる。
その途中に異常心理に陥りがち。


そのひとつに、
「問題があまりにもヘビーだから、
それと一か月付き合うのがしんどい」
というものがあると思う。

今書いてるジャンルはミステリー/スリラーだから、
そのおどろおどろしさとか、
人間の暗部とか、
プレッシャーがずっとある感じとかに、
二週間ほど書いてて、参って来た。

だがこれは、「二時間の娯楽をちょっとずつやっている」
ということでしかないことを考えて、
正気を保つべきである。

まあ実際映画にするならば、
一か月どころか、半年とか一年とか同じことを考えないといけないわけで、
それはまた別の精神を保つ力が必要そうだよね。


で、注意するべきは、
「そのプレッシャーがキツイからといって、
早く終わらせたいと思ってはいけない」
ということ。

安易な解決にしたり、
起ころうとしたがやっぱり起こさなかったり、
などの、
「自分にプレッシャーがかかる行為」を、
無意識に避けてはならない、
ということだ。

「これは娯楽であり見世物である」という意識を常に持とう。
観客は二時間のものを見るだけであり、
濃密な5分ごとを楽しむわけだ。
あなたが5分部分に3〜4日かけていることなんて知りもしない。
観客にとっての5分はあっという間に流れるが、
その3〜4日、あなたはプレッシャーに耐え続けなければならないわけだ。
そして、一幕全体とか30分もあるわけで、
あるいは二幕全体は60分もあるわけで、
そのページ数書くだけの、
「この問題を早く解決したい」という楽を求める心と、
戦い続けなければならない、
ということである。

そのさっさと終わらせたいという無意識は、
「こんなプレッシャーのかかる問題を、
自分がうまく解決できるはずがない」
というプレッシャーでもあると思う。

二週間その圧力をかけられるのなら耐えられるが、
三週間、一か月やられたら、
心が病む、と直観してしまうからかもね。

ホラー作家とか、どういう神経してるんだろ。
地獄クリエーターは、心が病まないのかなあ。
とくに前半戦は、
解決の糸口が見つかったとおもったら、
余計に深みにはまっていく展開が多いわけで、
なかなか解決しないことに、自分でイライラすることになるだろう。
だが、それこそが映画の楽しみだと思って、
それを計画的にこなしていくことだ。

心理的なプレッシャーを自分は受けているだけだ、
と客観的に見て、
それらを隣に置いといて、
執筆をつづけよう。

執筆は孤独な旅だ。
誰も導いてくれない。
間違ったルートへ入っていても、
自分で気づくしかない。
そのために、プロットという地図をつくったはずだ。
間違った道に入ったかどうかは、
プロットと比較すればすぐにわかる。
自分ナビを信じて、安易にしたい誘惑に耐えながら、
前に進むしかないんだよね。

posted by おおおかとしひこ at 00:19| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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