2022年06月14日

最初に思ったものとは、だいぶ違うものが出来上がる

書き終えたときに、まず最初に思ったイメージを思い出そう。
正確に今書き終えたものをイメージできていた人なんて、
いないんじゃないか。


今書き終えた話のことを話すと。
当初のイメージでは、
霧の村に逃げ込んだ殺人鬼と、タクシー運転手と女刑事のコンビが、山の中で対決する話だった。

いろいろ膨らませていくうちに、
閉鎖的な村の人間たちの心の暗部をえぐるような、
地獄めぐりがいいんじゃないかと思った。

タクシー運転手と女刑事のコンビは変わらないが、
犯人像は屈強な男から、
狡猾な女三人に変わり、
殺人の理由も同情の余地があるように変えた。

当初のイメージだとハリウッド映画っぽかったが、
出来上がったものは、
じめじめした日本映画のていになった。

そんな感じ。
「あ、これは」と思いついた最初のイメージは、
ほぼ残らないものだ。
ていうか、どんどん足していくと、
そこは本質の一部に格下げになっていくものだ。
それは面白く、何か創作意欲を湧きあがらせるものではあるが、
最終的な本質まで行けるとは限らない。

そもそもそれで最後まで書いて面白くないからこそ、
当初のイメージとは違う方向に、
話をまとめていったはずだしね。

だから、
書いてもいない話の企画書なんて、
何にも意味がないと思う。
「こういう感じの話を書きます」なんて、
嘘八百だろう。
こういうことを書こうと思ったが、
最終的にこうなった、
なんてのはあまたのメイキングで見ることができるだろう。
最終形の中にファーストイメージは含まれるが、
ファーストイメージは最終形を含まない。
そんな感じかな。

「私はあなたを今から口説きます」といって、
ほんとうにそれが出来る人はほとんどいない。
でもそんな第一印象は、
フィクションの中では強いんだよね。
posted by おおおかとしひこ at 00:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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