2022年06月23日

一回しか使わない設定はいるか

序盤で設定をするとしよう。
チェーホフの銃のたとえのように、
「壁にかかった銃は、あとでかならず使われる」
という原則を守って、
一回使われたとする。
それだけでよいだろうか?


実のところ、
中盤のある障害をクリアするためだけに、
序盤にそれを仕込んでいることがある。

中盤の停電をクリアするために、
キャラクターを電気工事士にしておく、
などである。
そのために、電気工事の場面からストーリーを始めるわけだ。
その場面を見せておけば、
停電のときに、この設定を使えば突破できるわけだね。
銃は使われるわけだ。

ところが、
その銃が一回しか使われないならば、
その銃を使う場面のためだけに、
最初にこれ見よがしに置いてあっただけ、
ということになってしまう。
それって、ご都合主義じゃない?というのが本題。


仮に停電を、
電気工事士以外でも突破できるかもしれないよね。
でも自分がそこを書くのが面倒くさい
(調べることまで含めて)ので、
電気工事士だという設定にしておいて、
一発で突破したろ、
ということを考えてしまうわけ。
その楽している感じは、ばれるということ。

電気工事士にしかできない話ならば、
その設定も納得がいくのだが、
一個の障害突破を楽するためだけにそれを使うとすると、
「それだけのためだろ?」とばれてしまうということだ。
だって都合がよすぎるからね。

電気工事士にしかない技を一回使うためだけではなく、
もっと電気工事士にしかない悩みとか、
特有のドラマを抱えていれば、
それは電気工事士が絶対必要な話になるだろう。

しかし、中盤の障害を一つ越えるためだけにその設定をこしらえているならば、
それはその都合のために、前もって仕込んでおいたことだ、
ということはばれてしまう。
なぜなら、「その一回」しか使わないから。

つまり、
設定は、複数回使われるべきだと思う。

「それは離人症であり、行動療法が役に立つよ」
というためだけにカウンセラーである設定を使うとしよう。
それがものごとを一発で解決したとしても、
それがそこだけにしか使われないのなら、
別にカウンセラーが解決しなくても、
ネットで得た知識で突破したり、
カウンセラーに相談しにいくことで解決したりするはず。
その段取りが面倒だから、
カウンセラー設定にしたろ、
ということがばれているということだ。

つまり、ストーリーは必然性が必要だ。
これ、〇〇設定である意味ある?
と、人は敏感に感じ取るということだ。

作者のご都合が見えた段階で、
観客と作者の、
「これは人がつくった架空の何かではなく、
これが上映されている間だけは、
ほんとうに起こったこととして、
楽しみましょう」
という約束が破棄されてしまうと思う。
だってご都合主義が見えた段階で、
「作者の思惑」が見えてしまうからだ。

そう。
そもそも「作者の言いたいこと」なんて、
見えた時点でフィクションとしては失格だ。
作者が作中で見えてしまっては、
「作者が操ってつくったつくりごと」になってしまい、
観客との約束が破棄されるからである。

ご都合主義がなぜよくないか、ということの回答がこれである。
作者の存在が主張してしまうからだね。
作者は黒子でいるべきであり、
それがいると見えてしまっては、
黒子がベールをはいで素顔をさらしてしまうようなものだ。
それは興ざめというものだ。

一回だけしか使わない設定を、
わざわざ序盤で仕込んでおくべきではないと思う。
何度も使うような、
重要な基本情報を、
序盤では仕込むべきじゃないか。

これをいさめるネットミームに、
真田さんの「こんなこともあろうかと思って」
と、急に都合のいいアイテムを出す、
というやつがある。
(宇宙戦艦ヤマトシリーズの、メカ担当が真田さんのポジション)
それはご都合主義すぎるだろ、
という反面教師になっている。

高々一回の困難突破のための設定は、
あとで楽するためのご都合主義というわけだ。

電気工事士ならば、
停電のときにも活躍したり、
ドライヤーをとっさに直してそれで何かを回避したり、
逆に電気工事士特有の弱点(なんだろ)で、
失敗したりするべきなのだ。
あるいは、電気工事士特有の悩み(なんだろ)を、
持っててもかまわない。
そして最後に電気工事士ならではの逆転方法(なんだろ)があると、
電気工事士である意味があるのではないか。
(どういう意味があるのかは分からないが、
あくまで例だ)


設定部分には、あとで使うものを入れ込むべきだ、
銃は壁にかけかけておくべきだ、
というのは基本をクリアしているようではあるが、
その実、術に溺れているだけだろう。

その必然性は、必然性だろうか?
ご都合とどう違うか、考えてみよう。
一回だけ使ってあとは二度と出てこないなら、
その一回だけのご都合主義、都合のいい女の確率が高いのではないか。
posted by おおおかとしひこ at 07:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック