2022年06月20日

【薙刀式】長距離走と短距離走のフォームの違い

健康のため、週2回プールで泳いでいる。
最近1kmくらいは泳げるようになってきたので、
昨日は休みなしで1km泳いだろ、とやってみた。

体が途中で、
短距離用のフォームから長距離用のフォームに変わることが、
実感できた。

これは打鍵でも同じじゃないかな、という話。


水泳のディテールをもう少し話すと、
100〜200mあたりでは、
短距離のフォームになるようだ。

力で泳ぎ、無呼吸っぽく、
なるべく速く泳ごうとする感じ。
筋肉は主に屈筋を使う。

300m以降になると、
その乳酸がたまるのか、
フォームが「楽する方」へ自然とチェンジする。
単純に疲れて休みたくなるのだが、
それでも「休まない」という制約の中で、
「遅くてもいいから休まない」フォームになるみたい。

手足をストレッチしながら動くと乳酸が散るような感覚があるから、
なるべく伸筋を使って手足を長く取り、
筋肉で水を引っ張るのではなく、骨で水を押し出すような感じ。
ピッチは落ちて、1ストロークが長めになる感覚だ。

呼吸は自然になり、
その呼吸合わせで体を動かすため、
心拍数も短距離ほど上がらなくなる感覚。
「なるべく速く行きたい」のではなく、
「なるべく長く行きたい」となる体の使い方。


面白いのは、
たとえばターンの所で止まり、
水中眼鏡の曇りとかを取って十数秒中座したら、
短距離のフォームに戻ること。乳酸回復?
しかしそれは25mも持たずに、
また長距離に戻るっぽい。


これが、なんだかタイピングの、
長距離と短距離の感じに似てるなと思ったのだ。
同じ体のやることだから、
機構が似てるのは当然だと思われる。



世の中で「タイピングが速い」と言われるのは、
たかだか一分以内の競技や、
長くて15分程度の競技であろう。

そこでは短距離用のフォームが有利なんじゃないか?
つまり、
ピッチが速く、無呼吸的に打てて、
屈筋を使う感じの。
qwertyローマ字がこれなのでは、ということ。

新配列がこれだけ作られているのに、
qwertyタイパーの牙城を崩せていないのは、
qwertyは短距離走最強だから、
と言えないかと思ったのだ。

同時打鍵などによって新配列は楽さを手に入れたが、
それはqwertyの短距離に勝てない枷になってるのでは、
という説はよく出る。

逆に、
原理上ピッチをいくらでもあげられるqwertyは、
いくらでもピッチをあげる競技者たちの、
極限の芸当によって最強になっているが、
それは短距離限定のqwertyの性質では?
ということだ。


たとえばカフェですごく速いタイピング
(手の動きからqwertyとわかる)をしてる人を時々見る。

ダダダーって打ってると思ったら、5分とか10分で終わって、
マウスでカチカチしばらくやってて、
また思い出したようにダダダーってやることが多い。
僕みたいに一時間打ちっぱなしという人は、
今まで一人しか見たことがないんだよね。

僕は週5程度、在宅という名のカフェにいるので、
とくにそういう観察を欠かさないのだが、
僕のタイピングは、「普通」と違うらしい。

ほとんどの人は、qwertyを使って、
長くても15分しか連続で打たないみたいだ。

卵が先か鶏が先かはわからないが、
それくらいしか書くことがないからqwertyでいいのか、
qwertyしか使えないから少ししか文章が続かないのか。

僕は後者に苛立っていたので、
非qwertyの世界に入った。


あれだけqwertyを幼少期から使っていたという、
先天的なqwerty使い(僕は後天的だ)の、
めんめんつさんの動画を見ればわかるが、
qwertyの打鍵は、
間欠的、断続的なストップアンドゴーの動きがとても多い。

短期的なフォームの代表であるqwerty、
と仮定するとわかりやすくなる。

だからそんなに持たずに、
すぐに手が休むのだろう。

つまり、短距離走→考える→短距離走…
の繰り返しに見える。
これは微視的には速いが、
巨視的には遅い。

というか、巨視的に大きな思考を紡ぐやり方ではない。
短距離にかまけて、思考が途切れるからだ。

すなわち、
qwertyは短距離最強かもしれないが、
長距離に向いていないのでは?ということ。

巨大な思考を紡ぐには、
淡々ととぎれない、長距離的な書き方が必要だというのに。
(そして手書きではそれが可能だ)


長距離とはつまり、2時間とか、
8時間とか、一ヶ月とか、6年とかだ。
(今小説が6年目に入って100万字を超えて、
ようやく完結が見えてきたが、
そもそもこれを書くためにqwertyの不具合に気づいたのがはじまりだ)

パッと動き出すには短距離のフォームでいいけど、
長距離でずっと倒れずに行くのは、
別のフォームが必要だと思う。

勿論qwertyで書く作家もいるけど、
かなりの人が腱鞘炎で悩んだり、
もっとタイピングを効率的に出来ないかと悩んでいる。
そのこと自体が、
qwertyが長距離に向いてない証拠だと考える。


ていうか、
タイピングはこれまで歴史上、
長距離を考えていない、
と断言していいのではないかと思う。


これまで唯一親指シフトだけが、
長距離の実戦プルーフをした。
だけど配字は今の基準から見ればまだ効率が悪く、
改良の余地はいくらでもある。
(改良した配列の中で、
名作が、TRON、飛鳥、シン蜂蜜小梅だ)

実は親指シフトには上限速度が結果的にあって、
それが腱鞘炎を結果的に防いだ説もある。
だから親指シフトは、
現代のタイパー基準からは速くない説がある。
ブラインドタッチできない人よりは速い程度だけど、
それが結果的に、当時の最長不倒距離を伸ばしたのでは、
と僕は考えている。


薙刀式だけが、唯一最初から長距離のフォームで、
書くことをデジタル化しようとしている。

短距離のタイパーたちは一日10万打鍵練習するらしいが、
僕だって執筆が立て込んでるときは、
7〜8万打鍵はする。
タイパーは何年それを続ける?
一年もやらないよね。
それどころか、歳を取ったら手を痛めないために、
練習を休む時期すら意図的に設ける。

僕は一生書き続けるつもりだ。
手を壊さないタイピングの道具がほしいし、
qwertyみたいに断続的な思考にならない、
どでかい思考を淡々と書けるものがほしい。


そんなことを、
水の中で考えていた。



qwertyでブログを書く人は、
そろそろqwertyの限界に気づいている。
一記事書くのに数時間かかってたら、
人生の時間を圧迫されると。

僕はいつも20分くらいで書いている。
多少推敲しても30分くらいかな。
まとまった2000字程度ならそんなもんだ。

長距離には長距離のフォームがあり、
短距離のフォームとは違う世界がある。
それを体で理解しない限り、
デファクトのqwertyで長距離を走る愚を、
犯し続けるのではないだろうか。

100m走が10秒で走れたら、
1000mが100秒で走れて、
10000mが1000秒で走れる、
と無邪気に考えるバカはいるまい。

世界記録ですら、それぞれ、
132秒、
1577秒、
なんだよね。

長距離は短距離の積層ではない。
なぜなら人間は疲れるからで、
運動中に回復しきれないからだ。

疲れないフォームで、
速度を出すことを考えなければならない。

文字の範囲を30に収めることや、
同時打鍵や連続シフトは、
その楽さを追求したものだと思う。


「楽さは速さでもある」と新下駄のkouyさんはおっしゃるが、
僕は「楽さは最長不倒距離」とでも主張してみるかな。


飛鳥配列は、Rayさんやかえでさんが、
膨大な長文を残したことでも、
長距離に向く証明のひとつになっている。

新下駄で長文を書いてる人は、
いるはずだがあまり出てこない。

親指シフトは沢山の作家を輩出したが、
ワープロ時代のベテランばかりで、
新人輩出をしていない。
Windowsが更新するたびに、
人々はふるい落とされた。
コミュニティはあったが、それに所属しない人は皆辞めただろう。

薙刀式は、
少しずつ世の中に浸透しつつある。
そのうち僕より書く人や、
僕より文章力がある人が見つけるだろうと期待している。
あるいはインフルエンサーでもいい。
qwertyに嫌気がさしている人でもいい。
長文を書きたいが書けない人でもいい。

それで、少しでも長文を書くたのしみが広まるといいなあと思っている。



長文を書くことは、そもそも楽しいからやってるんだよね。

小説を印刷したりすると軽くコピー用紙100枚を超えて、
それを見せるとみんなうわーって言うんだけど、
それって苦しいのは苦しいけど、
楽しいからやってるんだよね。

僕からしたら、マラソンを走るほうが大変でいやだ。
走るのが嫌いで、その喜びがわからない。
たぶん達成感があるからやってるんだろう。

でも決められたコースを走るんじゃコピー打鍵だ。
創作ってのは、好きな方向に走り続けて、
誰も到達してない所へ行くことだ。
探検家や冒険家と同じ職業なんだよね。
楽しいに決まってる。

その喜びは、短距離の視野では得られないし、
qwertyでも得られないと僕は思う。

少なくとも、
手書き+薙刀式ならそれは可能で、
100%薙刀式でそれが可能かはまだ証明していない。

ブログに関しては100%薙刀式でいける。
まだ中距離くらいで、
真の長距離ではないのかもしれない。



短距離と長距離は、
体の使い方から変わってくる。

僕の議論は、つねに後者の話だ。
posted by おおおかとしひこ at 09:39| Comment(2) | TrackBack(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ちょうど自分も水泳始めてて、この記事読んで「連続で泳いだろ」と思ってやってみたらはじめて休みなしで連続で泳ぐってのができました。きっかけありがとうございます。

日本語入力は、たぶん多くの人が「長距離走のように休みなく連続で言葉を紡ぐ」っていうことができない(想像すらできない)から、qwertyで問題ない、っていうのがあるんじゃないかなあ、と思います。

書きながら考えるというのはわりと難しく、書いて、インターバルの合間に次のことを考えて、書いて、という断続的なことしかできないのではないか。

自分も、薙刀式を覚える前は、なんとなくそういうような感覚を持っていた印象があります。
Posted by ごりゅご at 2022年06月21日 15:34
>ごりゅごさん

僕は走るのが嫌いなので、プールならまだ出来るかなあってやってます。

泳ぐのも走るのもタイピングも、
身体運動としては同じなんですけど、
まあそもそも、
「間断なく書き続ける」ことを経験してない、
というのはわかりますね。

「間断なく喋る」だけでも意外と難しいんですよね。
聞き役がいれば相手が喋ってる時に考えられるけど、
60分の講演会とかはとても難しいですね。
パワポを用意してなんとかなるレベルで、
「何もなしにずっと喋る」はなかなかの難易度。

そして「何もなしに書き続ける」のはさらに難しくて、
日本人のうち10万人も経験してないんじゃないかなあレベルでしょうか。

「その時にタイピングが邪魔をしたくない」
という気持ちは、だから理解し難いのかもです。

それでも「ゾーンに入る」くらいは皆さん経験してるかも知れないので、
想像はできるでしょう。
逆に薙刀式は、邪魔をなるべくしない配列だから、
「ゾーンに入りやすい」方法論だともいえます。
Posted by おおおかとしひこ at 2022年06月21日 15:54
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