色々なチェック機構を通るたびに、
そのチェックの意志が加味される。
ということは、チェック機構のレイヤーがたくさんあればあるほど、
それはその集団の集合的無意識になってしまうということだ。
その集団の意識がよければ、それはよいループが回るだろうが、
集団の意識が悪ければ、悪いループが回るということだ。
つまり、「何をつくるか」という問いにおいて、
もめごとが起っては困る、
売れないと困る、
確実に儲けとして計算したい、
などという丸いものをつくろうとする集団は、
かりに尖ったもので面白く、新しいものが来たとしても、
よってかかってチェック機構のフィルターで、
そういう集合的無意識を反映させたものをつくってしまう、
ということである。
現在、CМがそんな感じ。
25年前、尖って暴れることが文化だったCМは、
いまや炎上を恐れて、
「なるべく炎上しないもの」という集合的無意識に収束している。
「この一列横並びから抜け出てやろう」という集合的無意識にはなっていない。
映画も同じくで、
「なるべく安くつくれて、
確実に儲けが確約できるもので、
芸能事務所とずぶずぶの付き合いを続けられるもので、
今後も回転していくもの」
という集合的無意識に冒されているように見える。
「新しい文化をつくり、大ヒットし、
それが日本人の集合的無意識を更新する」
というものをつくろうという集合的無意識はいないようだ。
チェック機構が増えたから、
集合的無意識になりやすくなったのだろう。
少数でつくり、OKやNGを出すチェック機構が少なければ、
多数の最小公倍数にならずに、
尖ったもので抜けられたかもしれない。
チェック機構が何重にもなればなるほど、
全然抜けられないだろうね。
いくつもの重圧にこたえなければならず、
それをすべて満たすものはないから、
無難なものにしか落ち着かず、
「心に刺さる」ことを出来なくなっている。
長引く不況で、資金回転が難しくなっているからだろうか。
一個のプロジェクトを動かすのに、
鈍重になっている。
一個のプロジェクトが多数の投資を集めないと動かないため、
利益を分配しなければならず、
つまりそれは参加する人々の集合的無意識が、
ぼんやりと広くなってしまうということだ。
僕はそれに耐えられず、
一人の意志を貫ける媒体として小説などをやってみたが、
まあ難しくて難義している。
一人では速く行ける、
みんなでは遠くまで行ける、
というのはアフリカのことわざらしいが、
僕はさっさと到達したいとずっと思っていて、
なんでついてこないんだ、って思っていた。
なので先に到達しておいて、
みんなここに来いよ、というものをつくっておきたかった。
脚本というのは、
本来そうしたものだ。
こういう新しい場所があるぞ、
俺は先にここについたから、
みんなにわかるように書いておくぞ、
というものだ。
それを理解させるものが、
企画書だ。
ここに来いよ、こんなに面白いぜ、
こんなに支持されるぜ、
ということを、見えない人にも見えるようにしてあげるべきだろう。
まあ、それを集合的無意識が、
了解するかどうかはわからない。
今の集合的無意識は、
「すでに流行ったものを加工する」ことでしかなくて、
「まだ流行っていないものを流行らせる」ことをやろうとしていない。
でもそれは芸術じゃないんだよな。
映画やドラマは大衆芸術だ。
ファインアートとはちょっと違って、
大衆にわかる、支持されるものをつくる。
ずっと先に行き過ぎるとわからないから、
わかる範囲で芸術を楽しめるようにするのである。
単なる娯楽だけでは心もとなくて、
見てよかった、見たことで世界の見方が少し変わった、
ようなものが理想だ。
娯楽でひきつけて、世界の変わり方で満足させるものである。
今、集合的無意識は、
大衆芸術を、どのように売っていくつもりなのだろうか。
たぶん、どうしたいとかなくて、
炎上したくない、しかないんじゃないかなあ。
そういう集合的無意識しか見えてこないよな。
だから、そんなものを誰も欲しがらなくなっているのではないだろうか。
最先端の映画は、「ここに来いよ」というものであるべきだ。
しかも、なるべく多くの人を取りこぼさずにだ。
今とそこに橋を架けるものでなければならない。
「橋を架けよう」「そこへ連れて行こう」
という集合的無意識と仕事をしたいな。
どこでやってんだろ。
もうそういうプロデュースの仕方は絶滅していて、
「勝手に大衆の集合的無意識と合致したものを、
買いに行く」ということにしかなっていないかもしれないがね。
つまり、大衆の求める集合的無意識と、
プロデュースする側の集合的無意識が、
どんどん乖離していっているような気がする。
少なくともYouTubeでやっている人たちは、
そこまで乖離していないような気がする。
だからみんなそっちを見ていると思う。
2022年09月22日
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