「手を動かさない」をどこに定義するかにもよるけど。
手を動かさないほうが疲れない、
というのは一般的に信じられている神話のようなものだ。
未前提で未検証の事実のように言われている。
意外と手が動いたほうが疲れない、
ずっと手を固定していると、
寝返り的なものがないから、逆に疲れる、
という説もあるが、
どのくらいのどれくらいがそれにあたるのか、
という定量的な議論はとても難しいと思う。
で、そもそも「手を動かさない」は、
どういう状態のことだろうか、ということ。
究極的には、ホームキーから指が動かないものがいいのかな?
すなわち、
ASDF JKL;の8キーと親指2キーのものが、
一番疲れないということになってしまうのか、
ということを問いたいのだ。
これを求めると、どうしてもASL;の頻度が上がってくるような気がする。
つまり、
「小指薬指の頻度をあげてまでホームポジションにこだわるか、
人差指中指ならば上下段を使うことで、
ホームポジションから外れるか」
という二択が待っているような気がする。
従来の配列理論では、ホームポジション至上主義というか、
手が動かないものがベスト、
のような前提があったように思われる。
薙刀式は、ASL;はそもそもそんなにいいキーじゃない、
というスタートなので、
そこの頻度を上げるくらいならば、
人差指と中指に働いてもらおう、
と考えるわけだ。
それには、薬指小指は不器用で遅くてすぐ疲れる、
という前提がある。
たとえばqwertyでSAは僕はとても悪いアルペジオだと評価している。
じゃあどれくらいの定量的なものが正しいのかはわからない。
打ってみるまでなんとも言えないのが、
配列の伝えづらいところではないかと思う。
「指のつながりがスムーズだ」という主観的感想には、
こうしたことも含まれているような気がして、
こういう定量的な議論まで発展しないことが多い。
小指薬指を多用して言葉をつなげているのか、
あるいは、
人差指中指が上下に動いて言葉をつなげているのか、
そのへんの区別はなかなかつかない。
薙刀式は後者で、
たとえば飛鳥は前者の代表的なもので、
親指シフトは前者だが、上中段を主に使う、
みたいなことだと思う。
まあ指の頻度バランスを見れば、
大体のことは分かる。
でも薙刀式ほど人差指中指にフィーチャーしたものはないので、
実はこれは薙刀式だけの主張かもしれない。
逆に、僕は薬指小指をたくさん使う配列では、
すぐに疲れてしまい、これほど沢山は書けないと思う。
自分の思いを薬指小指に邪魔される格好だ。
それは「それを使う方法」が間違っていると思い、
薬指小指が悪いとは考えないわけだ。
僕が打鍵動画が見たいというのは、
ほんとうにその指使いで、疲れることなく、
延々と書けるだろうか、
ということを見たいんだよね。
30秒とか一分でもそれが垣間見えることはあるけど、
でも数分から十分以上の打鍵がないと、
ほんとうにそうだろうか、ということが分からないような気がする。
最初の勢いと、後半の勢いの違いとかを見れないからね。
数分ではそこまで観察できない。
十分以上打ち続ければ、
最初の勢いはなくなり、
巡航という感じになってくるから、
そこからがその配列での打鍵の正体のような気がしている。
そのときにも、
力が抜けて、スムーズに打ててれば、
それがその配列を使った普段の日常に近いと思っている。
打鍵動画の最初はいいところを見せようとして、
ついつい早打ちしてしまうからね。
そういう人間の心理も働いてしまうものだ。
ほんとうに手を動かさないのがいいのか、
適度に動くのがいいのかはわからない。
しかし、十分二十分も連続で書きものをしたときに、
手が疲れないことを前提としたい。
ほとんどの配列は、そんなに書き続けることは想定していないのではないかと思う。
それは、書くことを専門としていないと、
そのパフォーマンスすらできないからだ。
逆に、そのパフォーマンスに耐えられる配列だけが、
日本語を書くことをきちんと考えているのではないかと思っている。
だから早打ちなんて僕にはあんまり意味がない。
力を抜いてからが本番なんじゃないの。
(まあタイパーは力を抜いたまま高速で打っているらしいけどね)
最近マウス作業を大量にやっていたら、
手首が痛くなってしまった。
マウス用のアームレストがほしくなったもの。
トラックボールだと余計に動かさないから、
もっと手首が痛くなるのが早いんじゃないかと思った。
これは手首の固定だけど、
力を抜いた状態の維持を、どう考えるか、
ということかもしれない。
ずっと同じ位置にいると、床ずれができるのが人間だ。
10キー配列が仮にできたとしたら、
やはり床ずれするのだろうか?
2022年09月24日
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