2022年11月03日

叫ばせろ

映画じゃないと出来ないことってなんだろう。
物語一般で出来ること以上に、映画でできることは?
写真や動画や音楽にできること以上に、映画でできることは?

映画は第七芸術である、とする説がある。
これまでの芸術を担に組み合わせた以上の何かがあるから、
新しい芸術のジャンルであると。

その以上の何かはなんだろう?

ぼくは、叫んでしまうことだと思う。


恐怖で叫ぶのとは少し違うな。

たぶん、叫ぶしかリアクションの取れない、
何か大切なものに触れたとき、
という意味での叫びだ。

そうだ、これだったんだ、こうなんだ、
と思った時の叫びかな。

宗教的な悟りや、
科学的発見と、同じぐらいの心の動き。

感動といえばそうだけど、
安っぽい感動ではないやつ。


それは、宗教でもなく科学でもない。
たぶん、人生に関するなにかだ。

おそらく叫ぶほどの何かとは、
「人生とはこのようなものである」
という結論に対して、
「そうだ!」と答えたい時に生まれる衝動だろう。


多くの人は、
「正しい人生」を生きていない。
どこか間違ってると思ってて、
どこか歪んでいると思っている。
これは正しい、本当の人生ではなくて、
そういうものを取り戻して、幸せになりたいと思っている。

物語の主人公も同じだ。

映画的物語においては、
それを得ることがハッピーエンドで、
映画とはそれを目指すことに他ならない。

ただ適当にそれをやってるだけなら、
「単なる他人の例」なんだろうけど、
映画や物語は、感情移入を伴う。

私自身と全く同じではないが、
本質的に同じ似たようなことなので、
その架空の主人公による解決が、
まるで自分のことのように思うことが、
感情移入であった。

つまり、
極上の映画では、
主人公の「正しい人生」の獲得を見て、
自分の人生がそうなったかのように思うわけだ。
錯覚といえばそうなんだけど、
その瞬間にそれを考えてる余裕がないほど、
夢中になってるから感情移入だ。

で、観客は、
まるで自分が間違った人生から、
正しい人生に戻ったように錯覚する。
しかも、その方法論を得たように錯覚して。
だから、叫びたくなるのだと思う。

その錯覚は、
「その主人公はまるで俺だ」と思い込むことによって、
起こるわけだね。


これは小説では難しい。
一人称的体験と、
三人称的体験は異なるからである。
三人称小説はあまり一般的ではないが、
文章のみの三人称にくらべて、
映画ほどの視覚的聴覚的体験は、
段違いに「そこにある感じ」が異なる。

演劇はどうか。
舞台でできることしかできないから、
よくできた映画の方が、体験度が異なるだろう。

VRは映画より没入感があるか?
VRって一人称的なんだよね。
三人称VRって成立するのかな。
そうしたら映画よりも体験度合いがあがるかもね。



こないだ仕事仲間に誘われて、
久しぶりに神宮球場に阪神戦を見に行ったんだよね。
コロナ禍以来はじめての野球だ。

やっぱ生はいい。4KVRどころの騒ぎじゃない。
画質なんて関係ない。
「ほんとのひとが、そこでほんとのことをやってる」
ことの面白さだ。

そして僕は阪神ファンだから、
一挙一動に思わず声を上げてしまい、
マスクして声を出さないでくださいと注意されても、
隣の人と肩を組み、六甲おろしを歌ってしまうのだ。

なぜだろう。
感情移入によるものだ。

目の前の第三者に感情移入ができたら、
三人称の成功は自分の成功になるんだよ。

だから叫ぶのだ。

なおあいかわらず阪神は負けた。
阪神ファンはドMやで。



思わず叫ぶしかないほどの、
なにかを書こう。

それに名前はついていない。
名前のない、原初的なエネルギーだと思う。

あえていえば、人生をものにする瞬間のなにか、
だと思う。

人生と関係ない映画は、
だからクソほどつまらんね。


ハッピーエンドで大成功して拳を握ろうぜ。
大失敗して悔しくて拳を握ってもいい。
昨日までの俺は死んだ、新しい俺がここで生まれた。
だから叫ぶのだ。赤ん坊と同じだね。


それが出来るのは、
三人称形式の、人生の真実に触れた、
映画しかできないと思うのだ。
posted by おおおかとしひこ at 00:50| Comment(4) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
最近、こちらのブログを見つけました。
久しぶりすぎて、気恥ずかしさもありますが
コメントします。
年初めの旧友の訃報以来、小学校時代の頃をよく思い出す一年になりました。 
6年4組は、ほんとに楽しく濃いクラスでした。
また、皆で集まって想いて話しがしたいですね。

こちらは、岡山の田舎町で平凡なオジサンしてます。
Posted by ヒメロン at 2022年11月03日 19:49
>ヒメロン

おう、びっくりしたー。
コロナ前に帰省したときは団地の跡地は巨大なマンションになってたなあ。
大学生の時にあの前にあった公衆電話から女子にかけたのは秘密だ。

中学のときに一回だけ集まったとき、たしか三上が幹事じゃなかったっけ。女子は山口だったか。俺はオガヒデから誘われたので詳しくわからん。
今時だとFacebookとかで繋がれるのかしら…

みんな元気かな。なにやってんだろ。
オガヒデもフーコロもいない世界線が全然理解できないね。
おれは漫画家みたいな脚本家みたいな演出家みたいなことをまだやってます。
Posted by おおおかとしひこ at 2022年11月03日 20:10
MV「ケイトウ」観ました。
素晴らしい作品ですね。
これからの創作も楽しみにしたいです。

漫画 「宇宙の元太」? の事も、
朧げながら覚えてます。

Posted by ヒメロン at 2022年11月03日 21:32
>ヒメロン
>漫画 「宇宙の元太」
おおお、膝から崩れ落ちるくらい懐かしいタイトル…
あれ最後どうしようとしてたんだっけ。
幻魔大戦の影響受けてたから、
宇宙で宇宙人と超能力バトルやろうとしてたんだっけ…
藤子不二雄、すがやみつる、ちばてつやあたりの絵の影響を、
受けてた頃だ…40年前の小学生の妄想漫画…
Posted by おおおかとしひこ at 2022年11月03日 23:18
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック