当然なんだけど、なかなかできないよね。
展開部はとても難しい。
まずそもそも、大体の流れは考えておかないといけない。
それがないと、次にどこへいけばわからなくなり、
執筆は迷路に入ることになる。
「次に書くべきことが分からない」は、
執筆における一番あることで、
そしてもっとも脱出が難しいもののひとつである。
これを痛烈に経験すると、
「事前にプロットを練っておくこと」の意味、意義を理解することができる。
事前にプロットを練っておけ、ということは、
「そうしなければならないこと」という絶対法則ではなくて、
「そうしておかないとひどい目にあうぞ」という、
先輩からの助言にすぎない。
で、
ここからが本題なのだが、
いかに事前にプロットを練っていたとしても、
実際の執筆ではとても迷うことが多い。
ディテールを詰めていなかったこともあるし、
そもそもAがBするのを、Cしたほうがよくなる、
みたいなことに気づくこともあるし、
Bするのは同じでも、動機をPからQに変更したほうがよくなる、
なんてことに気づくこともあるからだ。
おおむねしか考えていないプロットに対して、
現場レベルでどうするかは、
執筆時に大きく変わることもある。
で、そんなことをずぶずぶやっていると、
次にどうするべきかわからなくなることが多い。
それらをまとめることに精いっぱいになり、
そのトンネルを抜けたら、
大筋しか決まっていないプロットに放り出されて、
細かいところは何も決まっていないところに差し掛かる。
だから、
細かいレベルの視点で執筆しながらも、
細かいレベルの次の展開は、
今考えながらやったほうがいいぞ、
という話である。
僕は今を書きながら、
次の細かい段取りをメモしながら、
同時進行していることがよくある。
プロット段階ではこう考えていたけど、
実際の実装でどうするかなんて考えてなくて、
こういう展開に細かく割っていかないとだめだ、
なんてことを、執筆レベルで気づいたりするからだ。
セリフや行動の細かいところはどうでもよく、
大筋のプロット段階のことをやる。
つまり、プロットがより細かく書き直されるわけだ。
プロットで「AとBがCのアイテムを渡して仲直りする」
いう風に書いてあったとしても、
どこで、どっちから、どのようにして渡すのかとか、
渡さないでしばらく隠す段階を入れるとか、
それがあることを向こうは知っているべきか知らないべきかとか、
そういうこまかいレベルに、
さらに割っていくわけだ。
そのようなことさえ決まってれば、
だいたいセリフと周囲の描写さえ気を付ければ書けるからだ。
逆にいうと、ガワに気を付けながら書けるくらいに、
プロットを細分化する、
といってもよい。
これらが決まってさえいれば、
何も考えずにただ書ける。
そういう風に、次の展開を頭に入れられる程度に、
細かくプロットを考えるべきである。
で、それは全体のプロットを書いているときは、
そこまで考えきれないので、
現場レベルで、
今やっていることと同時進行しながら、
次の段取りを組んでおく、ということだ。
これをやらないと、逆に、
プロット段階の大まかなものしかなくて、
大味の展開になってしまいがち。
現場レベルで面白くするにはどうしたらいいだろう、
ということを考えながら、
先を妄想することは、
現在をどのようにフィニッシュすることと関係してくる。
なぜなら今書いている部分が、
次の部分の直接の伏線になるわけだからね。
これありきで次があり、
前ありきで今がある。
そのようなストーリーの感じをつくるには、
その粒度を揃えなくてはならない。
だから、「つながっている」という感覚になると思う。
ということで、
筆がバンバン進んでいるときは、
勢いに任せていいが、
鈍ってきたときに、
「この先ってどうなっているんだろう」と思うことはとても大事だ。
それがディテールごと決まっていれば、
安心してフルスロットルで駆け抜けられだろう。
コーナーの出口さえ見えれば、
そこは全力でいけるからね。
逆に、今書いているところの出口を確定させるために、
次をつくっておくわけだ。
そうしておかないと、
「今書いているところだけ」を完成させようとしてしまう。
そうすると、それが完成するところまでは書けても、
その次どうしていいか途方に暮れてしまい、
それが挫折の大きな原因になると思うよ。
勢いよく書いたはいいが、
止まってしまったとき、
何をしていいかわからない人は多いと思う。
そこで脚本論や創作論を参考にして、
「次はこれを書くべきである」というのを探す人もいるかもしれない。
しかしそんなものに法則はない。
次に書くべきことが理論的に予言されるならば、
それはすでにパターンにはまっていることと同じことだ。
だから、「次に何を書くべきか」ということも、
実は創作の一部なのだ。
それすら新しくすることができるわけだ。
なので、
次をつくりながら今をつくる、
みたいなことだろう。
線路をつくりながら進む列車が、
昔のSFにあったような気がする。
そんな感じだ。
2022年11月14日
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