学び始めの時期は、倍速で成長すると思う。
(たとえば薙刀式を学習中のととさんは、
5日目で毎日倍速くなっているようだ)
その楽しさは、いずれ詰まってくる。
tomisuke配列のdiscordをウォッチしてるのだが、
バズってみんな始めた初期の頃より、
タイピング速度の成長度は落ちてきていて、
熱が落ち着いている気がする。
タイプウェルに夢中だったかつての頃を思い出すと、
やればやるだけ伸びたから、
面白いんだよね。
毎回新記録みたいなことだからね。
「自分はどこまで行けるのだろう」と、
可能性に満ちた若者の気分になる。
だけどそのうち、
「何回やっても伸びない」
「ミスは分かるがそれをコントロールしきれない」
「偶然拾うしか記録にならない」
「集中して行けたと思ったが届いてない」
なんかの時期がやってくる。
それでも一週間に一回くらい記録が出れば楽しいが、
一ヶ月に一回とかになると、
その報酬の少なさにモチベがなくなってくる。
たぶん、そのあたりが、
「今の指での限界値」だと思われる。
現在の肉体での上限値だ。
タイパーになるには、
ここから「自分の肉体の上限値を上げていく」
というアスリートのような鍛え方をしていくのだろう。
半年に一回、数年に一回、
くらいの記録更新でも、
それをモチベに続ける人もいる。
ストイックな世界だ。
超上級者ともなれば、
本気で打つと手指を痛めるから、
打たない日を決めたり、
流す日を作ったりするという。
完全にスポーツマンの肉体コントロールだ。
大会に調子を合わせていくようなやり方だ。
競技者にならない限りは、
おそらく、
「その配列での、その肉体での上限値」
というのが決まってる気がする。
肉体の上限値は今変わらないとすると、
配列を変えたことでタイムが良くなるなら、
その差分がその配列の優位性だろう。
あるいは、
同タイムになるまでにかかる時間でもよい。
効率的な配列ならば、
qwertyで何年も鍛えたものに対して、
最短一ヶ月、よくあるパターンでは三ヶ月や半年で、
追いつくことが知られている。
僕は速度競争はその辺で終わりでいいと思う。
「速くなることだけ」が目的ではないからだ。
自分の肉体の限界値をあげずに、
満足いくまでの速さを手に入れられるなら、
それが「楽して速くなる」だと思うんだよね。
メソッドとしての優秀さは、
どれだけ楽して、どれだけスコアを上げられるかの、
コストパフォーマンスで測られると思う。
そのコストをどれくらいと見るかは、
人によって異なるだろう。
親指シフトなんて一年くらい練習するらしい。
これはコストかかりすぎだと思う。
新下駄や飛鳥はもうちょいマシで、
しかもパフォーマンスは保証されているから、
優秀なメソッドだ。
薙刀式はパフォーマンスはそこまですごくはないが、
まあまあ優秀で、
かけるコストが安いのが特徴。
つまり門戸が広い。
ローマ字系は、さらにコストが安く済む。
だからtomisukeは、1〜3ヶ月くらいで天井に至るんだろうね。
ただローマ字は打鍵数が多いのが宿命的で、
長い書き物には向かないと思う。
そして思考の邪魔をしていると思う。
これはローマ字しか使ったことのない人は分からない感覚で、
カナ配列を自分のものに一旦すると、
ローマ字を2回打つのが思考の邪魔をするようになるんだよね。
なぜかそこには不可逆性がある。
漢直はどうなんだろう。
漢直で描けるようになると、
かな漢字変換は思考の邪魔になるんだろうか。
やっぱなるだろうな。
ただ漢直のコストは年単位だろうしなあ。
学習初期の成長の喜びがなくなったとき、
そもそものタイピングの目的を、
思い出す日が来ると思う。
なぜ自分は配列を変えようと思ったのか。
旧配列が窮屈だったから、
というのが多くの目的だろうし、
なんとなく効率化に興味があったから、
の人もいるだろう。
僕は旧配列qwertyに恨みすらある。
それが動機だと思う。
でも、復讐はどうでもいい。
qwerty時代に出来なかったことを、
やればそれが答えだと思う。
その後実戦で少しずつ伸びていき、
いつの間にか生まれ故郷のqwertyが、
ちっぽけに見えることに気づくのだ。
tomisuke配列をマスターした若者たちは、
やはり自分の文章を書くべきだろうな。
それが第二の爆発になることを期待する。
新配列アドベントカレンダーやれるほど、
新配列使いはいるのかしら?
2022年11月06日
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