2022年12月13日

【薙刀式】打鍵の解像度を上げる

今僕が執心しているもろもろの高級な打鍵感への改造は、
いったい何が目的なのだろうか。
単なる自己満足ではないことをやっていると考えている。
それは何かというと、
「打鍵の解像度を上げる」ということだ。


打鍵の解像度を上げるということはどういうことかでいうと、
「より精密な指の感覚が、
フィードバックでわかるようになること」といえるか。
今指がどこにいるのか、どれくらいの力で、
どれくらいの速度で打っているのか、
どこに力がかかって、今スイッチはどのへんにいるのか、
という感覚を、より触れながらわかるようにしたい、
という欲望だと思っている。


底打ちが、単なるpearlioのものではなく、
下に真鍮を敷くことで、
打鍵の感覚が鋭くなってくることが分かった。
石を下に敷いているような感覚で、
こつんと叩いたときに、どれくらい強く叩いたか、
どこまでおしこんで叩いたか、
みたいなことが感覚で検知できるようになるんだよね。
ということは、アクチュエーションをどれくらい過ぎて、
どれくらいオーバーランして底打ちしたか、
という感覚が、触覚で分かりやすくなっているということだ。
プラスチックであるキースイッチの底だと、
マイルドすぎて、
正確に感じ取れない。
ところが真鍮にすることで、
その感覚が分るようになるんだよね。
そこが面白い。

現在まだレシピが固定できていないが、
トップハウジングのセミサイレント化も、
色々な素材で試している。
結局、柔らかくすると感覚が鈍くなって、
固くすると感覚が鋭くなるが、
柔らかいほうが静音化できて、
固いほうが静音化できない、
というトレードオフと闘っている。

あるいは、バネの感覚も同様で、
3ステージは感触が柔らかいが、
2ステージは感触が固い感覚がある。
じゃあ2ステージがいいかというと、
軽くすることが不安定なバネ切しかないので、
3ステージのやわやわな感覚のまま、
どうにか2ステージ的な鋭い感覚にできないかを、
今実験中。
(まとまったらまとめます)

で、なにに取り憑かれているのかなあ、
と自分の感覚を見ていると、
「なるべく精度よく自分の指の感覚を得たい」
というところに尽きるのではないかと思ったんだよね。

ペンで字を書いたり、
筆で絵を描くときはそうだ。
僕はいまだにペンなら1ミリに4〜5本の線を引けるけど、
それは「今どこにいるか」という感覚が鋭敏じゃないと出来ないことだ。

字を書くときにその感覚を使っていないかどうかはわからない。
そんなに精度のよい字を書いている感覚はない。
しかし、
「ここでなければならない」というときには、
たぶんその精度で書いていると思う。
ひょっとしたら、物理的な字よりも、
「言葉」の選び方かもしれない。

とにかく、
文字を書くという手の感覚は、
それくらい敏感だということ。

だから、
それに直接触れているはずの、
キーボードの精度が、
それに追い付いていないなんて意味が分らない、
と僕は思ってしまう。
つまり、ほとんどのキーボードは、
感覚的にぼんやりしすぎだと思っている。

HHKBやリアルフォースのキースイッチとキーキャップによる打鍵感は、
凡百の精度よりも細かく、
最初打ったときは感動したものだ。
でも僕の感覚はそれより鋭敏で、
もっと繊細なのだと思う。

だから、自作キーボードでしかできない、
鋭敏な感覚のキーボードにしたいのだと考えている。

たとえば、
静音スイッチは僕はだめなんだよね。
思想はとても好きなんだけど、
ステムのゴム部分が、
横のレールにこすれる感覚が、
もうだめなんだよね。
「音が気になる」という人はいるんだけど、
僕は触覚が気になる。
こすれていることで、場所や速度の感覚が、
鈍るからだね。
でもほとんどの人はその感覚を感じていないらしい。
ということは、
その粒度の手のセンサーしか持っていないのだと思う。

センサーの優劣が文章の優劣とは限らないが、
センサーの敏感な人に、
鈍い道具を渡すことは、それこそ鈍いと思うのさ。
鈍感な人に繊細な道具を渡しても、壊されるだろうね。
つまり、
感覚と道具の粒度があっていないと、
悲劇が起こると思われる。


今物理の話をしているが、
論理でも同じことだと思っている。
「これをこうしたらこうなる」という部分が、手の動きとの連動だから、
同じことだと思うがね。


これまで親指キーだけは、シリコンシートを中敷きにしていて打鍵力を吸収してきたが、
これが打鍵感覚の精度を下げているのでは?
と思い直し、
真鍮を叩く方式に変えている。
こうすると、シフトの感覚がより鋭敏になり、
無駄な力の入り方が減っているような気がするんだよね。
だからこそ、角度が気になり始めたのかもしれないが。


結局、手の感覚の粒度にあう道具を、
自分はつくっているのだな、
という気がしてきた。

そうそう、はじめてiPadとペンを触ったとき、
僕の感覚よりも精度が低かったんだよね。
これならまだペンタブのほうがいいか、
って判断して、購入を見送った。
最新バージョンはしらないが、
たぶん精度は上がったと予測するが。

つまり、自分の扱う粒度にたいして、
荒い道具に、僕はむかつき続けてきたのかもしれない。
posted by おおおかとしひこ at 16:48| Comment(0) | TrackBack(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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