2022年12月24日

感動の海に、飛び込め?(「アバター2」評5)

アバター2の、ひどいキャッチコピーを見たので。
スマホの広告にあった。

 感動の海に、飛び込め。

ほんとに映画見たの?レベル。


内容に触れるためネタバレ全開で。


僕はとくに感動しなかったな。
だから虚偽広告だ。

感動を求めるストーリーでもない。
だから虚偽広告だ。

ただの冒険アトラクションじゃないんですよ、
感動もあるんです、
という薄っぺらい浅知恵が見えて来る。


そもそも、
「感動する話(内容は問わず)」と、
「海の話」という二つのお題からしか、
このコピーは出来ていない。
つまり何にでも当てはまる。

「波の数だけ抱きしめて」でも、
「稲村ジェーン」でも、
「グランブルー」でも、
このコピーは成り立ってしまう。

これらの映画と、何が違うのかを、
キャッチコピーは宣伝するべきだ。
それはつまり、
「埋もれずに立つ」ことだからだ。


感動する話と海の話、だけなら、
実はいくらでも類型コピーは書ける。

 感動は水平線の向こうから。
 嵐が来る。震えろ。
 穏やかな海は、感動で出来ていました。
 あなたの涙は、この海の一滴になる。

どれでも選べや。
元のキャッチと対して変わらないし、
元のキャッチが飛び抜けていいわけでもないから、
オールフラットだと思う。
つまり埋もれるわけだ。

元のキャッチが3Dを意識してるのだろうか?
でも今更飛び出るとかダイブとか古くないかね。

せめて海と引っ掛けて、

 ダイブせよ。感動の海へ。

くらいにまとめた方が強いと思うがね。

にしても、やはり平凡なキャッチコピーに埋もれるだろう。
「この映画のアイデンティティは何か」
までたどり着いていないからだ。


この物語のオリジナルの感動ポイントは、
転校生がいじめられて、鯨と仲良くなること?
鯨狩りする人間たちを倒すこと?
家族が協力しあうところだよね。

だとしたら、海、家族、3Dあたりを、
コピーに入れ込んで、
このあたりのアイデンティティをいうべきでは?

 家族は一番弱くて、一番強い。
 家族は、海のやり方を学ぶ。
 家族が飛び込んだ先は、とてつもない海の中だった。

あんまりピンとこないので、意訳してみる。

 誰にも役割がある

これぐらいまで飛べば、
このストーリーのクライマックスや、
テーマ性まで噛み合っている気がする。

「ウェイ・オブ・ウォーター」は、
死んだ者も海に還り、海で生き続ける、
という海版インディアン的哲学だが、
それはテーマと関係がない。
だから、
ある部族の鉄則や哲学的なものと、
今回のストーリーのテーマを合わせるべきだったと思う。

「誰にも役割がある」は、そうしたものを意識した。

もちろんこれには3D要素は入ってない。
だけど、3D要素より引きがあるほうが、
表現として強い。

キャッチコピーの役割は、
内容を説明することではない。
引きつけて期待させることだ。

僕は3Dにも4Kにも惹かれていない。
もういいでしょそれ、とずっと思っている。
ファイナルファンタジーのおにぎりと同じだよ。
そんなことよりも、面白い話を見せてくれよ。

3Dだから、4Kだから行こうぜ、
という層には、もっときっちり届くコピーに変えるべきだ。

 地球よりリアルな海へ。
 惑星パンドラに住む感覚。

くらいやってもいいんじゃないの?


つまり、貧乏性なんだよ。
一行で2つも3つも兼ねようとしている。

それはキャッチではないのだ。

たった一つの強い一行。
それこそが人をひきつける。

「お付き合いしたいのですが、
セフレでもいいです」じゃだめなんだよ。
「好きだ」でいいと思うよ。


キャッチコピーを書くのは、
表現の基本が出来てないとできない。
アバターの宣伝部は、表現ができてない。
posted by おおおかとしひこ at 17:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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