2023年01月21日

行動のための事件

ストーリーは頭から見るものであるが、
別に作る順番はそうであるとは限らない。
将棋の名人は詰みの形から逆算で指すわけだし、
逆からストーリーをつくったってよい。

行動からストーリーをつくるやりかた。


行動がストーリーの根幹である。
ある行動をするから、結果が出るわけだ。
そしてその行動と結果がテーマになる。

走った結果間に合った話ならば、
「急ぐときは無茶しろ」ということになる。
「黙ってみているだけなら、走るべきだ」
というテーマになるかもしれない。
それはその他の設定次第だ。

で、結果と行動があったときに、
事件をそれから逆算してつくるわけだ。

「走る」話ならば、
「急病人がいる」でもいいし、
「電車が止まっているから、届け物を走って届ける」
でもいいし、
「親友の命がかかっていて、友情を示すために走る」でもいいわけだ。
行動を起こして、結果が出るようならば、
どんな事件を創作してもよいのだ。

一見、問題や事件を考えて、
それを解くような形でストーリーというのはつくられるような気がするが、
実際のところ、
テーマや行動などが決まっていて、
行動とその連鎖の末にこのような結果になると、
うまく落ちるな、
などということから考えることが、
わりにある。

で、じゃあ、その行動をしなければならないという事情は、
どのようなものか、
を考えればいいわけだ。

走ることが決まっているならば、
同情に値するほうがいいのか、
あるいは無茶ぶりのほうがいいのか、
自然発生的なものであるべきか、
巻き込まれ型であるべきか、
などからなんとなく考えて、
「こういう事件だとその行動、結果が示せる」
というものがいくつかピックアップできると思う。
それは唯一解ではなくて、
いくつもありそうだ。
その行動を起こせる事件は、
無限につくることが出来るといえる。

そのうち、
「面白そうな事件」「一筋縄ではいかなそうな事件」
を考えたほうが、
導入が興味が持てる、
というだけのことである。

当然、単に興味が持てたとしても、
行動して解決したときに、
テーマにすとんと落ちないものならば、
その事件の意味がない。
導入だけ面白くて、他がおもしろくないパターンもある。

なので、事件は行動と解決のための、
前振りなのだ、と思うといいと思う。

前振りなのだから、
いくらでもパターンがあり得る、
と思うと、考えるヒントになるのではないか?
どう前振って、どう落とすか?を考えると、
唯一解はなくて、
そのゴールにいけるような、
面白い出発点、導入点を、
思い付けばいいだけだと思う。

それがよくある導入とか、
平凡なオープニングだと、
あんまり意味がない。

オープニングというのは、
ファーストシーンだけとは限らない。
「何か興味の方向性が出来るまで」が全部導入だ。
それが、興味の持てないものだったり、
勢いがなかったり、
まあ見たことあるやつか、
となるのは、
オープニングとして機能していない。
で、そのオープニングって、
行動をうながすようにつくられているはずだ。

つまり、
行動の原因であり、面白げな導入部分になっていることの、
ふたつが、
導入部に求められているということだ。


これは、
「オープニングは書いたが、その先が書けない」
という初心者あるあるを、
鼻で笑うことになる。

行動や結果やテーマを考えずに、
事件だけ考えていて、
何がおもろいのや、ということだ。

事件なんて、なんなら後付けだよね。
行動や結果を描くための前振りなんだから、
あくまで面白い振りだけできればいいのだ。
それはストーリーの露払いに過ぎない。
本編はあくまで、行動の連鎖とその結果だよね。


ということで、事件はあとで考えることもできる。
事件から考えて、
解決法や行動をうんうん考えるのとは、
まったく別のやり方である。

やったことがないならば、
やっておくべきだね。
posted by おおおかとしひこ at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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