自分がどういうときに間違いやすいか?
を別ファイルに昔はつくっていた。
間違えるたびに、間違いと正しいの対照表を追加する。
で、間違いのパターンを抽出してみる方法。
もしかして自分は○○のパターンを××とよく間違うのでは?
みたいなことを考察して、
自分を修正するか、配列を修正するか、
などと考えていた。
左右盲が起こるミラー現象は、
初期の頃に起こるが、
慣れとともに消えていくことがわかっている。
指の流れ的にこっちだろ、
と思う感覚はなんだろうと思い、
たくさんのアルペジオ打鍵にたどり着いたのであった。
現在薙刀式を練習中のととさんの、
間違い方2選。
> 濁点同時入力のとき、左右の手が連動して人差し指が上下のキーを誤打する悪癖をいい加減何とかしたい。
薙刀式のv1あたりでは、
RFV、UJMの、左右3キーずつが濁点同時押しだったんだよね。
どれを使ってもいいですよ、
みたいな定義にしていた。
こうすると、
同段人差し指で濁音にできるので、
指の直感に結構あってた。
しかし指がバタバタするので、
動線を落ち着かせる為に、
FJ固定にした経緯がある。
「複数の定義があると、
とっさにどっちを使っていいか分からなくなる」
という混乱を避けようとも思ったので。
その経緯に至る前の現象が起きていて興味深い。
動線を少なくするための工夫と、
打ちやすさの直感は、
時に反することがあるというわけか。
直感を理性である程度制御する必要があり、
それが文明である的な。
その時の半濁音は、
SLと同時押しだったんだよね。
今でも悪くない場所だと思うけど、
薬指はそんなに強くない指だと思うので、
多用を避けた経緯がある。
RFV、UJMのどれかと同時押しで濁音、
SLと逆手の同時押しで半濁音と小書き、
という原始的手段は、
試す価値はあるかもね。
この頃の薙刀式は、拗音外来音同時押しがなかったので、
小書きのたびにSがあり、
めんどくせえなと思って拗音同時押しを思いついたのであった。
> 「そ」を「せ」と勘違いして打ち間違える。
> 「さ」行の最後だから小指、という刷り込みが自分の中に有るんかな。
そBと、せシフトAは、
僕は間違えたことないのだが、
どういう脳の構造なんだろう。
逆に興味深い。
脳の構造は人によって異なり、
その構造によって、エネルギーの低い便利なやり方があって、
それが癖とか傾向だろうと僕は考えているが、
同じサ行で間違う、ということがあり得るんだなあ。
ちなみに、そBと、こVは、
一度も動いたことのない強固なカナ。
これ、それ、などの指示代名詞を形成するための、
根本的なカナだと考えている。
左右の手の境目に置きたいと考えてそうした。
ともに人差し指を使いたいとも考えたなあ。
母音の重さ論によれば、
重たい順に、O>U>A>E>Iらしい。
そが下段、せが中段なのは偶然ではないと思われる。
下段ほど、中央ほど重めのやつがいる、はず。
こんな風にして、
なぜこのカナがここなのか、
みたいなことには結構いろんな経緯や理由があったりして、
そのバランスも違ったりするんだよね。
作者の自分は経緯を知ってるけど、
単に使う人は知らないだろうなあ。
なのでちょっとこういうのを知ると、
感覚の調整に役立つかも知れない。
2023年01月04日
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