2023年05月29日

話になるということはどういうことか

色々なものを考えていて、
これは「話になるぞ」と枠組みができるときってどういう時だろうか。
僕は、「話として立ったとき」だと考えている。


まず話になるときって、
「落ちがついたとき」だと思う。
前振りがあり、
それからいろいろあって、落ちになり、
ああ、こういう話だったのか、なるほどね、
となったときだ。
それは落ちありきかもしれないし、
全然考えていなかったが、
まあなんとかなった、という場合もあろう。
作り方の是非は問わないが、
なんにせよ、
落ちに至っていないものは出来ていないのだから、
「話になった」という必要条件じゃないかと思う。

でもこれで十分か、と言われると、
僕はそうじゃないと考えている。

落ちがついたとしても、
そもそも面白くない、ということは万もあるからだ。

その「落ちがついたストーリーたち」の中で、
何が面白さの必要条件か?
ということが問題だと思う。

それは、「ストーリーが立っていること」だと思うんだよね。
ストーリーが立つ、ってどういうこと?

キャラが立つ、と同じことだと思うとよい。

キャラが立つ、というのは、
他にないもので、目立っていて、
独立して真似できないもの、
のようなことだ。
それ以外を駆逐するほどのパワーを持っている。
似ているものが他に(近くに)ない、
というようなときに、
「キャラが立っている」というと思う。

ストーリーが立ってるとは、
つまり、どこでも聞いたことのないパターンで、
似ているものがなく、
それ以外を駆逐するほどのパワーを持っている、
ということだ。
立ってるの逆を考えると分りやすい。

平凡な、どこででも見る話で、
飽き飽きしたパターンになってて、
新鮮味がなくて、簡単に予測できてしまい、
よくあるシチュエーションでしかなくて、
興味が持てない、
ということだろう。
それを仮に「寝ている」と表現するとしようか。
立つ為には、寝ていてはだめなのだ。
それは平凡であり、埋もれる、
ということだ。

そして、じゃあ、これまでにない、目立つために、
逆張りなどをして、ただ「ないもの」をつくれば、
それでよいのだろうか?
そうではない。
キャラを立てようとして、
ただ逆張りしたり、
騒がしいものをつくっても、
一瞬は立つけど、それでおしまいだよね。
深い所へ人を連れて行くにはしんどい。

つまり持続力だ。
「ずっと立つ」ことが重要だ。
逆張りなどして、無理やり立てたものは、
すぐに倒れるのだ。
ずっと立っていることに必要なものは、
無理することではなく、
自然に立っていることである。
それは構造的に立っている、ということだと思う。

キャラでいえば、背景や動機や、
目的や行動様式という、ストーリーに関係するところが、
立っているかどうかで決まると思う。
変わった格好をしたり、
変わった言葉遣いをすることは、
一瞬はキャラが立つが、それは表面的なことに過ぎず、
ずっとキャラが立つことにはほとんど寄与しない。
ずっと、というのは、
ストーリーの始まりから終わりまで、
だけでなく、10年とか20年とか、
つまりその作品が愛されるだけの間、
ということになる。

ストーリーも同様だ。
構造的に立っていることが重要で、
しばらく(10年単位でもいいし、数週間単位でもよい)
立っていられるか、
ということを見極めるべきなんだよね。


で、それって、奇抜なシチュエーションや、
どんでん返しの衝撃だけじゃ足りなくて、
それはあくまで部分であり点であるわけだから、
構造的な面白さで、
ストーリーが立っているか、が重要だ、
ということだ。


そんな簡単にできるわけがない。
だから難しいんだよね。

ああでもない、こうでもない、
とストーリーを転がし、練っているときに、
「ここの部分は立ちそう」がでてくると思う。
それでうまく落ちがつけば、
立ったストーリーがつくれるな、
と判断すると良いだろう。

仮に落ちがついたとしても、
立っていないものは、まだ立っていない。
構造的に立っているように、
もっと練ったほうがいいと思う。

ただ事件が起こり、
ただ展開して、
ただ解決するだけでは、
たぶん立ったストーリーにならない。
何かしらの「違い」が必要になる。

ここで古典の学習が必要なわけ。
どこにも似ていないものかどうかの判定は、
古典に詳しくないとできないからね。
「俺だけが思いついた素晴らしいもの」は、
すでに名作の中でだれかがやっている可能性は全然ある。

論文ならば検索できるが、
(そもそもグーグル検索は論文検索アルゴリズムから始まっている)
名作の、そうした構造的な部分は、検索できない。
(誰かデータベースつくってくれ……)

だから、名作を分析して、
どういう構造になっているか、
勉強することはとても大事なんだよね。

まあ10本もやれば、
その構造分析をしなくても、
見ただけで頭の中にそういう構造をつくることは出来る。
そろばんが頭の中にできる、みたいな感じだ。
そういうふうになると、
どんどん映画を見ても勉強になるんだよね。


さて、
あなたの考えたストーリーは、
話になっているだろうか?
矛盾していないとか、無理があるとか、
そういうネガティブな欠点がないだけでは、
ポジティブな力を持っていない。
落ちがちゃんとついて、
しかも立っていなくてはならない。

なんという難しいことだろうか。
だから価値があるのだ。
posted by おおおかとしひこ at 00:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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