それぞれの急所を述べます。
「銀の宝と鉄の宝」
漁師と鍛冶屋はどちらかでよいのでは?
「セイントレイヴン」
ファーストコンタクトのキックが、
ラストになるべきでは?
まず一本め。
「黒人の医者」という言い方があります。
BLM運動より前の言い方なので若干差別的ですが、
「ややこしい設定を二つ入れ込んだ例」
の悪例としてあげられます。
黒人なら黒人でいいでしょ、
医者ならわざわざ黒人と示さなくていいでしょ、
という意味です。
矛盾する二つに引き裂かれる話ならばわかるけど、
一つで足りないから二つ重ねて個性があると思うのは、
間違いという話です。
鍛冶屋にしたかったのは、
ラストを義手にしてお宝を溶かす、
ありきでしょう。
漁師にしたかったのは、
トップシーンの魚を逃すことありきです。
この二つが矛盾して、うまく融合していません。
小鉄は魚を食べたことがないのでしょうか?
魚を食べてうまいと思ったことがないわけはない。
漁師の子ならうまい魚の食べ方を知ってるはずで、
そのように育てられたはずで、
その他の選択肢を知らないはずで、
いつそれを忌避し、
今は何を食ってるのでしょう?
鳥、豚などの家畜は違うはず。
じゃあ菜食主義者?
仮に鍛冶屋の弟子だとしても、
そこで何を食ってるの?
鍛冶をやるには大変な体力が必要で、
西洋の甲冑をやるならドワーフみたいなスミス族の仕事で、
日本刀をやるなら相当な精神力がないと耐えられない仕事。
それを菜食主義で乗り切れるとは思えない。
大魚は食うが小魚は逃す?
それは漁師の子としては普通。
金になるやつだけとって、
あとはリリースして海を豊富にするはずだから。
つまり、
漁師としてのリアリティが足りない。
子供の頃から無意識にそうだと思っていた環境を、
間違ってると思い、
全否定するには、
相当な認識力が必要で、
その価値観のひっくり返ったエピソードがないと、
感情移入不可能だと思います。
たとえばシャケの腹を割いてイクラがうめえと思ってたけど、
そのイクラが一個一個魚の卵で、
一個の卵が一匹の魚になる栄養分全部ある、
ということを知った瞬間、
イクラの粒が全部魚に見えるようになってしまった、
以来菜食主義者である、
などのような。
あるいは、船の上で三枚に下ろした魚を、
刺身で食ってたんだけど、
ある日頭と骨だけの魚を海に捨てたら、
まだ泳いで行ったのを見てしまってから、
魚を殺せなくなった、とか。
ここはよくあるエピソードでなく、
オリジナルな場面で「小魚を逃す」ことに、
我々は小鉄と同じような「哀れ」を味わわないと、
感情移入とはいえません。
それを今創作してみました。
それを「気弱」という設定だけで乗り切ろうというのは、
虫が良すぎかな。
腹が減る本能を、気弱だけでは乗り切れんでしょう。
草食って生きてるなら余程の変人であり、
だとしたら村人のリアクションは、
「気弱なやつ」前提ではなく、
「変人」前提になるはず。
また、
鍛冶屋設定を生かそうとして、
刀の状態を冷静に分析してますが、
それって人を殺す刀という道具を作っているということで、
小魚を逃すような優しい子が、
人を殺すことについては何の問題もないのかよ、
と思いますね。
見えないところで死んでるのはいいの?
それってサイコパスだよね。
小魚の命を大事にする人が、
「その剣で何人殺したの?」が、
気にならないはずがない。
つまり、
鍛冶屋と漁師をつなぐことだけをやろうとして、
何一つ必然性がないのです。
じゃあたとえば、
「弱気な鍛冶屋の息子が…」でよいのでは?
「父は刀を作る武器職人であったが、
息子は人を殺すものは作りたくない、
とずっと反発している」でよいのでは?
ラストAを描くならば、
-Aの状態から始めるべきで、
Bから始める必要はない。
漁師Bから始まって鍛冶屋Aに着地するのはいいぞ、
という話は、気弱Cという、
AともBとも関係ないものを経由していますね。
-A→Aという分かりやすい話ではなく、
B→
↓ A
C→↑
というよれた話になっている。
まずこの構造に問題があると考えます。
短編だから一直線がいいのか?ではなく、
これは大長編になっても同じ。
たとえ3時間越えの映画だろうが、
300巻の小説であろうが、
結論Aの逆からはじまり、
紆余曲折はあったものの、
Aに至るべきです。
BとAが黒人と医者で面白いと思ってしまうことを優先させて、
間にフェラーリを入れてなんとかしよう、
と思っているということです。
さらにこの話はDを足しています。
酔拳ですね。
で、酔拳のためにE=酒を出しています。
片腕(Aの為の必要条件)のために、
切られた直後の気付けにEを使ってて、
EとDを関係させている。
Cの気弱とBの漁師はどっかに行ってしまってるわけです。
で、
それを誤魔化すために、
F=酒癖が悪い
で誤魔化してるわけです。
気弱な男が悪漢を殴ることはへんだろ、
というツッコミをかわすためでしょうか。
ここには、
「気弱な少年が酔拳を習うことで気弱でなくなる」
という、C→逆のCへの一直線を感じることができます。
これはBであるところの、
漁師と海をひっかけて、酔拳Dと連関性を持たせようとしています。
さらに要素が増えます。
ラストシーン、「陸と海へ別れる」です。
陸=鍛冶屋の世界、
海=酔拳の世界を表の意味、
裏の意味は過去(漁師の世界)、
を対比させて、
ギンと小鉄の別れを対照的に描きつつ、
過去との決別を示そうとした節がありますが、
要素が多すぎてよくわかりません。
鍛冶屋は火だから、水と火を対照的に使おうとしたのかしら。
象徴的な意味にしかなってなくて、
実際に火の燃え盛るトンカチで戦ってないので、
二人は対照的ともいえないですね。
全体にざっくりいうと、要素が多すぎます。
そしてうまくハマってないパズルです。
なので、
パズルというよりパッチワークに近いです。
あるものとあるものを組み合わせたのだが、
うまくいかず次のものを足して誤魔化そうとしたのだが、
はみ出た部分があり、
それらをまた別のものを足して誤魔化そうとして、
ある部分はうまくいったのだけど、
またはみ出した部分があり、
それをまた別のものを足して…
と、足して足してつぎはぎした結果、
なんだかわからない、
全体的に何色なのか分からないキメラが出来ている、
という印象です。
ストーリーをコインでイメージしましょう。
裏が何かで表にひっくり返るのがストーリーであると。
表と裏は同じ大きさです。全く違う柄です。
極論オセロでもいいか。黒が白に180度ひっくり返る。
このストーリーの中には、
その要素がなく、
歪でN次元のコインがあり、
裏返ったんだか対照的なんだか、
よく分からない要素が足しっぱなしで、
最後に裏返ったのかもよくわからんのです。
だからカタルシスがないんです。
カタルシスとはコインが裏返ること、
しかも裏返させられるのではなく、
自らの意思と力で裏返すことだと考えます。
このストーリーにはその要素があります。
内面の問題、気弱です。
つまりこれは、いろんな要素をすべて削ぎ落とすと、
「気弱(C)な少年が酔拳を学んで強く(-C)なる」
が背骨だということがわかります。
自分の気弱さが嫌だった少年が、
酔拳で自らを裏返す話であるべきでしょう。
鍛冶屋で裏返すわけでもなく、
漁師で裏返すわけでもなく、
酒で裏返すわけでもなく、
酒癖で裏返すわけでもなく、
陸と海の対比で裏返すわけでもない。
仮にこれを背骨とすると、話は簡単になります。
気弱な少年は、いじめられたりしている。
ある日酔っ払いとバカにしてたおっさんが酔拳使いだと知り、
弟子入りを願う。
苦労して酔拳を習う。
そして酒を飲むことを覚える。
気弱な少年は気が大きくなり、
気を失うまで飲むことで、恐怖心がなくなることに気づく。
酔拳でいじめっ子をボコボコに。
「酒は飲んでも飲まれるな」を忘れて、
ただ気弱を隠すことをしたくて酒を飲みすぎ、
そのいじめっ子を殺してしまう。
とても苦い思いをする少年。
(殺すのがひどければ失明とか片腕をなくさせるとか)
ある日野党にそのいじめっ子が攫われる。
少年と師匠は酔拳で助けに行く。
しかし少年は酒を飲まず、
シラフで戦う。
恐怖心はある。だけど自分を失わない、とその少年は決意したのだ。
野党をボコボコにして、
いじめっ子を取り戻す。
二人は飲み友達になった。
少年はコップに水しか注がないが。
漁師も鍛冶屋も船の上で酔拳を特訓することも、
お宝も義手も、小魚を逃すことも必要なくなりました。
気弱と酔拳だけでつくれるでしょう。
これがコインの裏が表になるさま、
自分で裏から表に返すさまで、
これがストーリーです。
いじめっ子を殺さずに、
どうすれば最後親友になれるかは微調整の範囲でしょう。
いじめっ子を殺さずに、
止めに入った師匠を殺してしまうでもいいかも知れません。
酒で自分を見失うのはダメなやつだ、
と最初に師匠に釘をさされて、
そのセリフが効いて師匠殺しがいいかもですね。
ただ15分には短いかな。
だからいじめっ子のサブストーリーが必要かもです。
なぜ彼は少年をいじめるのか?
があれば、そこでもコインを裏返せるかもしれません。
悪役が正義に転向するのはなかなか痛快な話ですからね。
沢山の要素で、互いが互いを隠そうとするのだが、
上手くいってなくて、ハマってないパズルみたいなパッチワークと、
コインを一発で裏返すのとでは、
後者の方がカタルシスがありますね。
他人から裏返されるのではなく、
自分の意思で裏返してるところがポイントです。
ただこれが、
れおさんのやりたかったことかどうかは分かりません。
鍛冶屋と漁師がやりたかったのか、
酔拳と船がやりたかったのか、
義手がやりたかったのか、
わからんところです。
あ、もう一本あった。
そちらも急所を捉えるところからやります。
2023年05月11日
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全くおっしゃる通りで、初めのワンアイデアから足りないところをツギハギで九龍城のように作って、あれ?なんかごちゃついてるな……と思っていました。
最初に思いついたアイデアの根っこで、この作品で一番やってみたかったのは気弱と酔拳です!
おっしゃる通り、酔拳が初めて世に出るならば、
「気弱な少年が、酔拳で強くなる」は面白かったでしょう。
ただすでに酔拳は知られているため、
「それだけでは足りない」と思ったのだと考えます。
その勘は正しいのですが、
じゃあどうやればよかったんだろう?
を考えないといけないわけです。
転ぶのは誰でもするから、起き上がり方の話をしています。
当然起き上がるには、どう転んだかを明らかにする必要があります。
添削SPは書く者の場なので、
批判は提案とセットにしてください。
僕の提案は批判が終わりきったあとにあります。
批判は提案とセットにしてください。
わかりました。
(素人の率直な感想も邪魔にならない程度の少しであれば、提出者にとってありがたいのかな思いコメントしてみました。提案なしのコメントを、以降は控えます)
作者のやりたかったことを慮りながら、おもしろくなるようよりよい改善案を考える。
考えてみましたが何も思いつかなかったので、脚本のプロのすごさを思い知らされました。
素人の感想なんて、たぶん書いた本人が一番分かってると思うんです。
酷評されたらどうしようという不安しかないものですよ。
まだデビュー前という状況を考慮するべきでしよう。
いつか素人のサンドバッグになるのがプロですが、
立ち直り方もわからない人に殴りかかるのは、
この場でやるべきことではないと感じます。
それよりもシン仮面ライダーや聖闘士星矢を(以下略