2023年08月25日

作家ってそんなにすごいか

作家、とくに小説家というと、
それを目指す人にとって、全能の神のような、
人類で最も偉い職業、
なんなら政治家や科学者より偉い職業のように、
思いこみがちだ。

「物語を創作する」ことだけが、
そんなに神聖で特別なものかな?


僕はどちらかといえば、
職業に貴賎なしと考える。
風俗嬢も一国の首相も、
同じくらい価値のある職業であると。

いや、むしろ、
その職業の価値は、
その人が成し遂げたこと全体の価値で測られると思う。
それはもはや職業の価値ではなくて、
その人の価値になってしまうがね。

つまり岸田首相よりも、
一地方のソープ嬢のほうが、
すごいことを成し遂げている可能性があると僕は思うわけ。

アメリカ大統領よりも、
ゴミ掃除のおばちゃんのほうが価値があることをしてるかも知れない。

王様と乞食ってそんな話だっけ。
両極端なことで価値を代表するのは分かりやすい論法だけど、
その間にあるたくさんのたくさんの職業が、
どれも成し遂げた価値だけで評価されるといいなあと思っている。

まあ、
ただ、金を払う人は価値をきちんとわかる目を持ってないことが多いので、
だから偏見や詐欺が横行するんだよな。

資本主義は正しく金の価値を同定する手段がない、
欠陥システムである。
市場に任せるというが、
市場ほどめちゃくちゃな場所はないのは、
マーケを少しやればわかることだ。
資本主義システムの欠陥は、神の見えざる手の仮定ではなかろうか。



話がそれた。
というわけで、
「お話を創作すること」に、
そこまで価値があるとは思えないし、
他の職業同様素晴らしい価値がある、
と僕は考えている。

映画ジャンルでいえば、
脚本家もカメラマンも美術部も、
ヘアメイクも音効も製作進行も、
同じくえらいと思っている。
まあ、全員が能力者ではなくて、
ときどきへぼいのが混じってるのが、
人の集団として難しいところだね。


小説家は脚本家に比べれば、
たった一人で世界を作り出す、
いわば全知全能者のようであり、
神に等しい力を持ってるかのように思えるが、
オープンワールドゲームだって一人でつくれるわけで、
世界構築者だから特別偉い職業ではないと思う。

じゃあ小説家や脚本家しかできないことはなにかというと、
「おはなしをつくること」
だけなんだよね。

それにそんなに価値があるか?ってことさ。


政治家が国を動かして安定させることや、
科学者が実験の結果仮説を検証することや、
おばちゃんが便所のシミを一つ消すことと、
同じくらいの価値だと僕は思うんだな。

作家はセンセイと呼ばれるから、
偉くなった気になるだけかもしれないよね。
それだって編集者のおべんちゃらだよね。

世の中には先生以外にセンセイと呼ばれる職業があり、
医者、弁護士、政治家、そして作家くらいか。
作家だけ大したことないように見えるけどねえ。

もちろん、大ヒットベストセラーを連発してるような、
本物の作家ならば、
人類の文化を前に進めた偉人であると思うけど、
つまりそれは、
職業がすごいんじゃなくて、
その人がすごいんだよな。


つまり、
話をつくるから偉いんじゃないんだよ。
面白い話をたくさんつくって、
それがヒットし続けるから偉いのさ。

もちろん、空虚なことで売れることもあるから、
売れることは絶対基準ではない。

だから、換金価値の難しさってあるよなってことだ。


作家になりたい、脚本家になりたい、
って人は沢山いるだろう。
しかしそういう人が、どういう作家になり、
どういう作品を作りたいのか?ってことだ。

僕はあと10本くらい映画をつくりたくて、
そのジャンルも大体決まっている。
映画監督を目指した時に、
リュックベッソンが10本だけ撮る、
という話を聞いて真似している。

どんな作家になりたいのか?
生涯どれくらい書いて、
どのくらい文化をどのように前に進めたいのか?

そんなビジョンがないやつは、
作家にそもそも向いてないよな。
公務員のような、
資格職業になっとけばいいんじゃね。
posted by おおおかとしひこ at 08:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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