2023年11月16日

内面と外面

外面からは窺い知れない内面を、
人はもっているときがある。
内面をさらけだした外面をしていることもある。
どちらがいいのだろう。

それは、作品が「どう見えるか」にもある。


あなたの作品を一個の人格だとする。

あなたと全く一緒にしないのがコツであった。
だからその作品は、
あなたが手がけた、
あなたに似ていない別の何かだ。

一部の魂は融合しているだろう。結果的に。
だから分霊という考え方が近いかもね。
本体ではないという意味でちょうど良い距離感かもだ。

で、
その作品という独自人格は、
外面から窺い知れない内面を持っていたほうがいいか、
内面をさらけ出した外面であるべきか、
どっちだい?

本質がモロに出ている外面かい?
それとも、
ある種の誘導になっていて、
それを辿っているうちに、
あまりにも別世界に連れて行くタイプかい?


これは、作品の本質を問う話ではない。
人前に出る話でもない。
「マーケットの中でどのような存在感を放つのか?」
という話をしている。

人は、
親しい人たちの前では、
内面と外面を一致した、
リラックスした姿をしていることだろう。

だがそれは、人格を皆が認識して、
「そういう人だから」と分かっているから、
そのような格好で許されているわけだ。
むしろよそ行きの格好をしてきたら、
「どうしたの今日は」と言われてしまうだろうね。

だがそれは、
周囲の人と「長い時間を過ごしてきたから」
という理由があることを忘れてはならない。
内面のさらけ出しは、
ある種の甘えであったりするわけ。
その甘えこそ、人間関係の許しなのだが。

さて、
本題はマーケットの中でどうあるか、
ということだ。

つまり、よそ行きをどう外面化するか、
という話である。

全員初対面だ。
そしてマーケットには、
様々なよそ行きの格好の戦略を持った人たちで、
ひしめいている。


外面で釣って中身のないやつもいるだろう。
内面を出しすぎてドン引きされてるやつもいるだろう。
中身がないことを、外見でカバーしてるやつもいる。
流行の装いをして見られやすくしてるやつもいるし、
流行が似合ってないやつもいる。
独自のファッションすぎて、理解されてないやつもいる。

その中で一番の注目を浴びたい?
浴びたあと中身を知られて、
失望されないだけの、外面と内面のペアだろうか?

たった一人だけの王子様を探すための、
舞踏会ではない。

できれば全員に札をあげさせる、
一番人気にならなければならない。

全員は無理だから、
お好きな人だけでもいいかもだ。
いや、お好きな人だけではマーケットが狭まるから、
浮動票を少し取り込みたいだろう。
その中に、知らなかっただけで本当の客がいるかも知れないからね。


さて、
その時の、
的確な外面と内面のありかたは?

インパクトだけの外面ではだめだ。
本質がとても外面に出ていないとだめだ。
それでいて、おいしそうな料理に見えるべきだ。
露出過多で「露骨で下品」と、他の人たちに刺されないものがいいよね。

ちょうどいい外面はなに?


答えはない。
何がベストかはわからない。

だけど、
あなたは転校生を初日に送り出す親かもしれない。
友達がたくさん出来ますように、
嫌われませんように、
この子のいいところを早く見つけられますように、
と願うだろう。

あるいは、親友が合コンに行くのを見送るのだ。
その格好でいいかなあ、
今の流行はこっちだぞ、
とはいえ流行りをモロに入れても媚びだしなー、
流行をお前らしくアレンジしないとなー、
という気持ち。

そんなスタイリストになったつもりで、
自分の作品の外面を見てみよう。


作品の外面とは、
タイトルと冒頭とコンセプトだ。

予告編を作れることもあるが、
それなしで伝わることもとても多い。

コンセプトは、ワンビジュアルになるときもあれば、
「デブリ事故に陥った宇宙飛行士が生還するまでの話」
なんて一文になる場合もある。


そういう見方で、作品の外面を見てるだろうか?

タイトルで悩み、
コンセプトで悩むのは当然だ。

最初に決めたもので書き終えたとしても、
「あとで変えてもいいよ」と言われたら、
最終的に自分の描き切ったものと、
タイトルをうまく繋げたく思うのは当然だ。

この作品は、何が面白いのか?
どう面白いのか?
何が楽しめるのか?
どこが深いのか?
そこに何が待ってる予感がするのが的確か?
流行りの形をしているか?

それらをうまくまとめた短いものに、
辿り着けるかは誰も分からない。


名コピーライターならすぐできるか?
というと、
名コピーライターほど沢山候補を書くんだよね。
ひとつのコピーを決めるまで数百書くのは普通。
その中から選ぶセンスを持ってるかのほうが大事。

数百のあり得る世界線の中から、
正解を選ばなくてはならない。



あなたの作品を世に出すときに、
作者である親が最後に手を入れられるのは、
タイトルだ。

最高の外面をつけて、
世に送り出してやれ。

内面の奥深さに辿り着きやすい、
魅力的な外面をつくりだしてやれ。

タイトルがうまいやつは、中身もうまい。
世の中のヒット作は大体そう。


「自分の外面」と考えずに、
「他人の外面を整えてやる」と考えると、
技を活かすことができる。
posted by おおおかとしひこ at 00:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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