商業は好きに書けないからダメだ、
好きに書けるアートがいい、なんてことをいうけれど。
お前の好きは一通りしかないのかい?
好きなんて100あっても1億あってもいいと思うんだよ。
その中の1好きを表現したのが作品だ。
だから1の好きを拒否されても、
別の好きを持っていけばいいだけじゃん。
ここからここまではNG、
ここからここまではOK、
が明確にわかるかぎり、
幾万の好きは、そこに落とし込むことが可能だぞ。
プロの現場では、
向こうがプロでないことがたまにあり、
NGの範囲もOKの範囲も示すことができず、
好きを疲弊させることがまれによくある。
それはリードが下手な担当に当たっただけの話で、
うまく、
「ここからここまでは自由なので、
好きに遊んでください」
が出来れば、
「だったらまだ好きはたくさんあるぞ」
と思えるのだ。
逆に才能を潰すのは簡単で、
OKもNGもわからないまま、
ただ沢山出せというやつだな。
商業は、一つの好きを潰す。
そう思ってるならまだ商業の理解が足りない。
だって、好きが商売になるからだ。
モーレツに好きなものに、人は金を出す。
そしてその人の好きもたった一つじゃない。
好きはたくさんあり、
たくさんの好きに囲まれたくて金を出す。
そのうちの一つを出せば良い。
2023年11月18日
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