2023年11月22日

エピソードの出来がリズムを決める説

三幕構成をはじめ、
ストーリー論はビートを気にするものがとても多い。
そして脚本の最大の敵は、
ストーリーの停滞と退屈だ。

これらを結びつける仮説を思いついたので書いておく。


「出来のいいエピソードがリズムを刻む」
という仮説だ。

たとえば。

・出来のいいエピソードがあったあとは、
 しばらく退屈でもOK

・出来の悪いエピソードが続くと、
 退屈は強化される

・退屈は、出来のいいエピソードでクリアされる

・出来のいいエピソードが一定リズムで現れると、
 それがストーリーの基礎ビートになる

・基礎ビートを覚えた観客は、
 そのビートが外れた時、期待外れになる
(たとえば出来のいいものをA、それ以外をBとする。
ABBABBと来たら、次はAを期待するが、
Bが来たら期待外れからの失望からの退屈へ至る。
ABBABBBAと、ワンテンポ遅れてAが来ても手遅れ)

・このテンポはページ数か、
 エピソード数か、シーン数かはわかっていない。
 なんとなくのイメージで。


なんとかターニングポイントとか、
なんとかポイントとか関係なしだ。

おもしろいかおもしろくないかで、
リズムやテンポが決まるという仮説。

おもしろいには、
おそらく緊張があり、緩和があるだろう。
その度合いが、
おもしろくないものは低く、
感情の振れが少ないのだろう。



面白いところを赤く塗ろう。
全部は赤くならない。
半分以上が赤くなったら、
赤の中の赤を特に別の色で塗ろう。
仮にそれが全体の10%くらいになるようにしよう。

その10%の面白い部分は、
作品のどこに分散しているか?

一幕に集中していて、
後半にないのならば、
「最初は面白かったが、後半退屈した」になるだろう。
最初になく、後半に多いなら、
「退屈極まりないものが、尻上がりによくなった」
になるだろう。

ちょうどいいテンポで投下されていれば、
「常に興味深く、緊張が途切れない、
いいリズムだった」となるのでは?ということ。

あるところは密なのに、
あるところが疎ならば、
「面白いところもあったけど、
退屈なところもあったなあ」になると思う。


だから、
退屈が続いたら、
次の面白いエピソードを前倒しにしよう。

面白いエピソードが連発するならば、
そこは局地的に良いが全体が良くなくなるので、
ひとつ面白いのをカットして、
疎らになるところに移植してはどうか。


もちろん、「おもしろい」「おもしろくない」は、
作者の主観的判断ではなく、
観客の判断を客観化できてないといけない。

その10%の赤い部分を、
どうやって分布させる?

頭でつかんだら、しばらくなくてもいいが、
ポイントポイントで面白がらせて、
キモになるところは出来のいいエピソードになるべきだ。

こうして、
面白いものが定期的にやってくる波をつくると、
その波に乗って観客の感情が動くようになる。
そろそろ来る→キター→そろそろ来る→キター
を繰り返しているうちに、
期待は確信にかわる。次も来る、と。
その波を作るには、
定期的にエピソードの面白さのメーターが、
一定を振り切る必要があろう。


なんとかポイントとか難しいことを考えてないで、
このおもしろい部分を均等にばら撒き、
たとえば8シーンに1回は必ず他より抜きん出た面白さになる、
などを作っておくと、
それがグルーヴを形成するのでは?
という仮説だ。(8は適当)


そんな都合よく行くはずはないと思う。

でもそういう風に、あとで調整することは可能だよね。
より面白く書き換えるか、
カットや入れ替えによって、
そのリズムを作ることはできるよね。
posted by おおおかとしひこ at 00:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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