2023年09月30日

【薙刀式】配列を変えたことのある人とない人の違い

変えたことのある人は、「手が慣れた」という。
変えたことのない人は、「頭が覚え切れる」という。


つまり、
変えたことのない人は、現象を誤解しているんだよな。

Twitterから。
> 仕事でも家でも練習がてら使っているうちに、手が薙刀式に慣れきってしまった証拠だ。

この人はわかっている。
手の感覚として配列があるわけ。


とある個人ブログでの親指シフト練習過程。
> とは言っても練習開始から1ヶ月たった今、配置は完全に頭に入り、あとは運指の迷いをなくすだけでマスターできそうです。

この人はわかっていない。
頭に入れてはダメなんよね。
むしろ邪魔になる。
指が押す感覚、腕のあたり?手のひらのあたり?に入れないとね。

(そのブログを辿ると、親指シフトに関しての記事は、
2個目で途絶えている。挫折したのだろう。
もし快適で打鍵が劇的に改善すれば、
もっと賛辞を書きたくなるだろうからね)



おそらく、
ローマ字配列では、どちらのやり方でも大差ないと思う。
使う要素が少ないから、
ゴールへのルートは違えど、
マスターまでの苦労は大して変わらないと予測する。

だけどカナ配列ともなれば、
間違ったやり方では歯が立たなくなる。
漢直なんてなおさらだ。
要素が増えれば増えるほど、
脳の処理ではなく体の感覚として覚えないと無理だよね。
武術の技と同じで、
脳より先に体が動かないと使い物にならんからね。

漢直は体にパターンとして覚えさせないと、
役に立たない配列だ。
脳だけで1000も2000も覚えられるはずがない。
熟語とか考えると気が遠くなる。

「連習」という造語が漢直にはある(あった?)ようで、
ドリルのようにひたすら体に覚えさせるのを、
毎日やる(連続)が重要だそうだ。
頭で考える前に先に体が動くようになるには、
大脳の記憶よりも神経系統に覚えさせる必要があり、
それには考えずにひたすら反復する方法論が有効だ。
あまりにも体育会的やり方だが、
実は最も合理的なやり方で、
この理論をわかってない限り、
配列をマスターすることはできないだろう。



薙刀式を例にとれば、
単打中段ホームは、人差し指伸ばしをのぞくと、

ろけとか  あいうー

という配置になっている。
これらを組み合わせて言葉を作る練習をして、
「指に字を入れる」ことをやるわけ。

もっとも、薙刀式は中段を聖域扱いせずに、
アルペジオ重視だから、

  てし   るす
  とか  あいう
   こ  なん

あたりから覚えたほうが、圧倒的に言葉が作りやすくなっている。
(詳しくはマニュアルの練習法参照)

この傾向は各配列によって異なるだろう
(飛鳥はシフト含めて中段重視、
新下駄は中段と中指薬指上段重視)が、
「頭に覚えさせるのではなく、
指が勝手に動くのが配列のマスター」
であることに変わりはない。

なんなら、
「頭で覚えていない」すらある。
だって上の配列図を書こうとするとき、
手を動かして文字を思い出す羽目になってるからね。

運動の記憶とはそうしたものだ。
そう、こう、こっち、このへん、ここ、と、言葉ではなく、
体感覚で覚えてるものだ。

長嶋が「こういってズバーン」
みたいなめちゃくちゃな言葉で自分のやったことを説明していたが、
本来体の感覚というのは言葉にならない。

たとえば「ボウリングの投げ方」を、
動画なしで言葉だけで、やったことない人に説明することは、
極めて困難であろう。(他に似たものがない例としてあげた)

イチローはうまく言語化した稀有な例だろう。
あくまで例外の天才だよね。


かつての親指シフターの普及活動は、
だから経験のない人にとって、
説得力がなかったのだろう。

長嶋のようなよく分からん言葉か、
それじゃ変と思った人は言葉を濁し「さわればわかる」
としか言えず、
それでも勧めたい人は客観データとして、
打鍵数有利、コンテストでの優勝を言うしかなかったのだろう。
(この二つの根拠をいまだに言う人がいるが、
それぞれ現代の新配列たち、現代のqwerty、JISカナタイパーたちに、
超えられてしまったものである)


もちろん当時を僕は知らないため、
有用な言葉もあったのかもしれないが、
少なくとも現代には継承されていない。
(ぎっちょんさんなんかは、「トウのたった配列」
と客観的に判断していて、それでも愛着を示しておられる。
それ自体は否定しない)



じゃあ身体的であることを示すのを、
言葉でどう示せばいいのだろう?
僕は「きもちいい」と、
これまた身体的、肉体的なことばに置き換えるしかないかなあ、
と考えている。

飛鳥の定型フレーズ「指がヌルヌル繋がる」自体、
風俗と同じ匂いがするよね。
僕は風俗を下に見たり肉体を下に見てないので、
こうした言葉が配列という「肉体的体験」を、
うまく示せると考えている。

薙刀式は、
中央の指でよく使う言葉がつながるのが気持ちいい。
拗音が「使う音二つ」の同時で打てるのが気持ちいい。
連続シフトで繋がって快感。
名詞と名詞の間や、動詞とそのあとをつなぐ、
繋ぎの語がシュルッと打てて、どんどん繋いで気持ちいい。

シモがダメというなら銃に置き換えてもいいさ。
フロイト的には同じだけどね。
(薙刀式やカタナ式が武器の名を名乗っているのは、
偶然ではなく無意識的必然)


専門用語的には身体知というんだっけ、
暗黙の知に分類されるやつだな。
そもそも「知」には複数の種類があり、
頭での理解だけではないことから、
説明が必要なんだろうな。

それをやると長い産業で、となるから、
「きもちいいんだよ!」というのが伝達速度が速いんだよな。

このへんは自作キーボードでも時折問題になり、
官能評価でしかない、定量評価すべき、
という理論派と、
数値化できないあの感覚よ、という感覚派がいる。



厄介なのは、
気持ちよさを客観的に示せないことなんよねえ。

あることとあることを比べる相対評価はできそうだな。
薙刀式とqwertyをくらべると、
生涯一番溜まってた時、遠距離恋愛の彼女と名古屋で会ったときの、
酒に酔ってから雪崩れ込んだセックスと、
嫁に強いられた子作りだけの義務のセックスくらい、
違うかな。
今や僕の主観的qwertyはもっと下で、
母親に見つかったオナニーくらいかもね。
まあ最高と最悪ってことだな。

親指シフトは童貞を捨てたときくらい?
「よくわからんかった、みんないいっていうけど」
くらいの感じだなあ。




配列童貞とはつまり、
頭でしか考えたことなくて、
実体験を伴わないやつのことなのさ。

気持ちよくなることだけを考えて、配列を習得しよう。

それは、不快という不合理を、
世の中からひとつ撲滅することになる。
posted by おおおかとしひこ at 13:48| Comment(0) | TrackBack(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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