2023年12月24日

魅力的なキャラクターの作り方

魅力的な人間ってどういうこと?
まずそれが分かっていないと、架空の人間も魅力的にならないよね。


イケメン、美女だからいいの?
スタイルがよくて、上級国民で、
金持ちで品があって、考え方もよくて、
コミュ能力お化けだったらいいのかな?

それは「人間としてのスペックが高い」だけで、
「魅力的」かどうかとはまた違うベクトルだと思うんだよね。

スペックが高いのはある程度魅力的だ。
フェラーリが最高時速300キロ出る、
というだけで魅力的になる。
しかしフェラーリの魅力は最高時速だけじゃないよね。
そこで惚れるわけでもあるまい。

じゃあ、人間の魅力とはなんだろう?
僕は、
「不完全であること」だと考えている。

もちろん、全てが低スペックだったら、
あまり魅力を感じないかもしれない。
ある能力が飛び出ていて、
それだけじゃなくて、逆に、
あることが劣っているようなことが、
大事なんじゃないかと思う。
そのバランスが魅力になると。

たとえば、
ドラえもんは完璧な未来型ロボットで、
万能の四次元ポケットを持っている(高スペック)。
しかしネズミが嫌いで、押し入れで寝るのが好き。
弱点があり、親しみやすさのポイントがあり、
つまり、
完璧超人ではないということだ。

逆にのび太は、
ぐうたらで馬鹿だけど、
人にやさしく、そして銃がうまい。
(映画版に限るかな)

ほとんどが欠点だらけの子供が、
一芸に秀でているパターンだね。

つまり、凸凹している。

とんでもない不良で手が付けられないやつが、
空地で子猫を拾っているのを見て、
恋してしまうべたなパターンは、
その凸凹ぶりにきゅんと来るわけだよね。
「ギャップ」というのもそういうことだ。

ある方向に尖っていると思ったら、
別の所がへこんでいることに気づくと、
なんだか人間らしさを感じるわけだ。
へこんでいるところに、
観客がマウントを取って、勝った気になるのかな?
ひょっとするとそうかもしれない。
ただマウントを取られるだけの完璧超人には、
魅力を感じないのかもしれない。

いつもカッコいいのに、
寝ぐせだけがついているとか、
美人なのに方向音痴とか、
そういうものがあるだけで、
親しみやすくなるよね。
魅力というのは、
つまり二軸必要ということだ。
優れているところと劣っているところ。
その二つで、人間の魅力が決まる。
二つ優れている完璧超人は魅力がない。
両方劣っているダメ人間も魅力がない。
優劣が同居している感じが、
人間の魅力なわけ。

最高時速300キロだして、真っ赤でかっこいいフェラーリも、
メンテが大変ですぐに壊れるドジっ子の面がある。
だから人間の職人がつくった感じの魅力になるわけだね。
機械でつくられた判で押したような車じゃなくて、
一台一台個性を持っている車だから、
価値があるように思えるわけ。


また、これらの長所や弱点は、
説明セリフではなく、
具体的なエピソードとして描かないと、
魅力には到達しない。

たとえば、
のび太はぐうたらで宿題もせずに先生に怒られている、
という場面を最初に描いておき、
宇宙侵略者の軍隊が襲ってきたときに、
割りばし銃で対抗して、
ドラえもんの道具でそれを強化して、
あっという間に軍隊を倒してしまう、
みたいな「ふたつのシーン」として描くと、
「普段はぐうたらだが、いざというとき銃の腕が立つ」というキャラクターになるわけ。

そのあとに、
「自分が損してでも困っている人を助ける」
なんてエピソードをつけると、
「普段はぐうたらだが、人にやさしく銃はうまい」
という映画版ののび太のキャラクターが出来上がる。

これは設定として語っても意味がなくて、
物語内の事件へ関わっている途中の、
具体的なエピソードとして、
創作する必要がある。
そういう場面で、その人の性格や特徴が出るからだ。

逆にいうと、
「人の魅力を描くには時間がかかる」
ということ。
ぱっと見の第一印象、
実はそこから想像もできない行動の面がある、
しかも複合的に、
となっていく。
さらに逆に言えば、
第一印象はのちのち覆されるための伏線である。



キャラクターの魅力を描くのは、
だから、
「そのキャラクターの魅力を表現できて、
かつ話が進むような(あるいは後退するような)
ターニングポイントとなるエピソード」
をつくればよいわけだ。

本編と絡んでようやく性格や特徴の魅力は、
記憶に残る鮮烈なものになるからね。

ただ設定で「〇〇が好き」とか「〇〇という傾向がある」
だけじゃ魅力にならない。
スペックじゃ惚れない、というのと同じだね。

つまり、
「関わりあう中で」
うまく魅力を出すエピソードを創作できる人が、
魅力的な人物をつくることがうまい人、
ということになる。

設定をつくるのがうまいわけじゃなくて、
エピソードの創作力が高い人が、
魅力的なキャラクターをつくれる、
ということ。


明日のジョーのマンモス西の、
「減量に耐えきれず夜中逃げ出して、
屋台のうどんを食ってしまい、
ジョーに馬鹿野郎と殴られて、
ごめんといいながら鼻からうどんを出す」
という「鼻からうどん」は有名なエピソードだが、
西は「体がデカく刑務所のボス猿におさまっているが、
人間としての弱さがある」
と設定したとしても、
この鼻からうどんを「発明」できるとは限らない。

設定を思いつくのではない。
エピソードを思いつくべきというのは、
こういうことだ。
posted by おおおかとしひこ at 09:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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