2023年12月17日

【薙刀式】俺氏、打鍵音が聞こえていない

自作キーボーダーたちは、
打鍵音打鍵音と、音にこだわる人が大変多い。
しかし僕は打鍵音の話をほとんどしたことがないと、
気づく人も多いだろう。
カフェでうるさ過ぎなければなんでもいいと思っている。

なぜなら、僕は集中すると音がなくなるタイプだから。


脳内発声がないことと繋がってるのだろうか?
僕は昔から集中すると音が遮断される。

中学の頃「ラジオを聞きながら勉強する」
なんてのが流行ったのだが、
僕は勉強すると何も聞こえないし、
ラジとを聞くと勉強できないしで、
ながら勉強が困難なことに、薄々気づいていた。

集中すると音が消えると本格的に気づいたのは、
浪人時代で、
河合塾大阪校のうるせえ食堂で、
僕はよく自習してたんだけど、
その時にそのうるさい話し声が聞こえてないことに気づく。

あ、今音が聞こえてないな、
と集中からフォーカスを外すと聞こえる。
また集中すると消える。
どうやらそういうタイプみたい。

だから、音楽を聞きながらだと集中できるとか、
よくわからない。
ない方が集中できるじゃん。
音楽があることでノイズが消えるから、
そういう効果かなとも思うけど、
そもそもノイズのない無音空間に僕はいるしね。

なので、打鍵音も実は僕は聞こえていない。
もちろん、集中せずとも書けるような、
ライトな文章なら聞こえてる。
でもすっとどこかで無音になる。


代わりに、僕は触覚は消えないみたい。
たとえば足を組んでる感触とか、
靴がキツイキツくないとか、
襟がキツイキツくないとか、
打鍵感(触感)は、維持されているようだ。

つまり僕の思考とは、
聴覚は無音世界で、
視覚は集中するその内容7割、
3割くらいは書いてる文字に、
触覚はオンのままで、
味覚嗅覚もオフ、
という世界のようだ。

視覚と触覚で、僕は思考している。

だから打鍵感のほうが僕にはクリティカルで、
手触りこそが文字と一対一対応、
思考と一対一対応っぽい。

ペンの書き味が僕にとってクリティカルなのは、
そういうことらしい。
それで20代のころ、ぺんてるの中性ペンに辿り着き、
以来20年以上同じブランドを使っている。

これに匹敵するキーボードでなければ、
僕の思考はダメダメになる。
だから僕は、
HHKBもリアルフォースもNiZも気に入らなかった。
触感が悪いからだ。

なので、
その触感をもとめて、
自作キーボードで工夫を続けている。


今のところわかってる条件は、

・軽めの押下圧(アクチュエーション20g、ボトム30g)
・リニア
・擦れ感がないこと(ウムピエより摩擦係数の少ないHPE)
・打鍵感がクリアであること

な感じ。
最後の条件は、共振ノイズを取ればいいのでは?
ということを考えて現在模索中。

で、
これだけ触覚にはこだわるくせに、
聴覚には何一つ無頓着なのは、
そもそも聞こえてないからだな、
なんて考えている。


たぶん、みんなそうではないだろう。
無音世界を僕はつくることができて、
その集中状態には2秒でいける。
つまり打鍵音は2秒しか聞こえていない。
2秒は極論かな。でも5秒もないかもな。

人と比べて特殊なことには、
なかなか人は気づかないものだ。
今の今までこれを黙ってたのか、
と他の人から見たらそうなのだろうが、
僕はそういえば、と今になって思ったわけで。


脳内発声のある人は、
パーティーのようなザワザワした場所で、
自分の声が一番大きいような状態なのかな。
だから打鍵音もその一要素になるんだろう。
想像だけど。

で、僕の無音空間には、
脳内発声のあるローマ字系が邪魔なんだよね。
qwertyローマ字→カタナ式と来た時には、
それしかないもんだと思ってたから、
うるせえなあと思いつつ打鍵していた。

けれどカナ配列(下駄、飛鳥、新下駄)を触った時、
脳内発声がなく静かだったので、
カナ配列はいいぞ、という話をしはじめて、
現在に至るんだよね。

こうした僕の特殊?思考様式と、
キーボードとの関係があると思う。

この話はもっと他の人と意見交換したほうがいいのかもね。
デフォルトは人によって違うはずで。


読む…脳内発声なし
書く…脳内発声なし、ただしローマ字は脳内発声あり
集中…音なし、視覚と触覚のみの世界

と僕の場合まとめられる。
posted by おおおかとしひこ at 11:01| Comment(0) | TrackBack(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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