認知科学で言われる言葉。
日本語に訳しにくいけど、
「それがその機能があるような形をしている」
みたいなことで僕は理解している。
ガラスのコップは落としたら割れそうな形をしているから、
落としたら割れるアフォーダンスがある(を持つ)、
などようにいう、みたいな。
操作系の設計において、
僕は「その操作はそのアフォーダンスを持つべき」
と考えている。
つまり、
日本刀は「振れば人を切るアフォーダンスをもっている」
から、
説明なしでも人は持った時にそれを振って人を切る。
持ち手も「ここを持つアフォーダンス」だから、
その持ち手を持つ、みたいな。
説明不要で我々の本能でなんとかなるように、
操作系はあるべきで、
その学術的根拠がアフォーダンスという概念だ。
たとえば自動車の運転を考えると、
ハンドルの左右回転は、
左右に曲がるアフォーダンスを持っているから、
直感と連動していてわかりやすい。
曲げる角度と曲がる角度の連動も直感的だ。
しかしアクセルが右でブレーキが左だというのに、
アフォーダンス的な合理的な理由はない。
我々は右足で加速して、
左足で減速する生き物ではないからだ。
前に踏んだペダルでアクセル、
そのペダルを後ろに踏むとブレーキ、
ならば、我々の直感的身体操作とアフォーダンスが合っている。
なぜそういう操作系にしなかったのかは、
技術的、歴史的理由があるだろうから、知らんがなとしておく。
僕は、この操作が直感的でないと思ったので、
自動車免許を取っていない。
操作をいつか誤るだろうなと思ったから。
緊張したら左右盲があることを、
僕は昔から知っている。
さて、
キーボードだ。
僕が初めてキーボードに触ったのは中一か小六だったと思う。
これはどのようなアフォーダンスを持つのだろう?
とワクワクしたけれど、
今に至っても、標準キーボードで感じるアフォーダンスは、
エンターとカーソルキーだけだな。
ギリテンキーもか。
それ以外は「アフォーダンスを知らない無能が並べたもの」
にしか見えていない。
キーはその機能に応じた形をするべきだと、
ずっと思っている。
ああ、SUNキーボードのA横Ctrlにはアフォーダンスがあった。
ファンクションキーは
「少し離れた島なので、特別に使うキー群」
というアフォーダンスは持っているものの、
F1〜12の区別がつかないので、悪いキーだ。
文字入力はもう地獄だね。
言葉と手の関係を知らない、
アフォーダンスを知らない、
おそらく書道未経験者が、
日本語入力法を考えたのだろう。
JISカナもqwertyも、無知無能の作品である。
僕が薙刀式をつくったとき、
無意識にだが、
アフォーダンスを持つような配列をつくろうと思った。
つまり、
その形がその機能と一致しているようなもの、をだ。
文字に関しては、
濁音、半濁音、小書きは、
シフトキーを別にして、機能と操作の分離をはかった。
拗音、外来音は、
「使う音を同時押し」することで、
その機能と操作系の分離をはかった。
結果、シフト体系としては複雑だけど、
「機能と操作の分離」が全てできているものになった。
こうした、
機能と操作を分離して、アフォーダンスを整理した配列は、
ほかにないかもしれない。
親指シフトは同手シフトがマイナーカナ、
異手シフトが濁音と、操作と機能は分離してるが、
半濁音や小書きはランダムで混ざっている。
新下駄や飛鳥はいっそ清々しく、
それは諦めた最適化であることに誇りを持ってる気がする。
新JISと月は、
濁音半濁音は後置で、
マイナーカナはシフトだから、
操作と機能の分離はなしえているが、
小書きに混ざりがある。
拗音外来音は要素を一個一個順押し、と潔い。
JISカナは、
濁音半濁音は後置で、
小書きはシフトで、実は機能と操作をうまく分離している。
しかし例外(を、。)があるし、
その操作動線が練られておらず、
あまりにも理不尽な運指を要求される。
これで10万字の小説書いてみろや。
シン蜂蜜小梅は、
ほぼ使わない小書き以外は機能と操作の分離を果たした配列で、
しかも同時押しだから直感的だ。
薙刀式の先行配列の直系で、
大いに参考にさせてもらっている。
ハイブリッドシフト方式というアイデアも、
枠組みとして参考にした。
ただ僕は親指2キーを使いこなせないため、
使いこなせるのは人差し指だなーと思って、
薙刀式のシフトは、
人差し指4キー、親指1キーとしたのであった。
それに、Qキー、使う音(最大3要素)同時を加えて、
薙刀式は、
機能と操作をすべて分離した上で、
すべて同置を実現している。
文字配列以外にも、
機能をアフォーダンス化したものがある。
BSは右手ホームの上Uにある。
縦書きで上に消していくアフォーダンスだと思うと直感的だ。
エンターはMV同時。
下段にあることで、
縦書きで下へ続いていく確定のアフォーダンスを持っている。
(そもそも改行と確定を同一操作にしたやつは、
センスがないよな)
候補選択のカーソル(横)はTYで、
文字移動の上下は編集モードJMというのも、
機能とアフォーダンスを分離した例だ。
編集モードQ(ファイル最後尾へ)も、
アフォーダンスをもってるね。
特に編集モードは、
空間を編集するアフォーダンスを持ちたくて、
なんとか苦労して並べたんだけど、
上手く行ってるところとそうじゃないところが混在している。
あとどうしても縦書きの空間ベースなので、
横書き編集モードは使いにくいと思われる。
(まあこのへんはユーザー定義できるし)
文字の配置にしても、
左手でつなぎ(助詞が多い、てき、こと、ときなど、
補助的に使われるアルペジオ。句点)、
右手で文意を決定する(ある、ない、する他、
た、だ、動詞終止形のウ段がぬを除きすべて右手。読点)ような、
右利きのアフォーダンスをもっている。
だから、右利きで縦書きに書く、
日本語を記述しやすい。
アルペジオ運指は筆使いのようだし。
刀は人を切る形をするべきだ。
論理配列も、物理キーボードも、
文字を書き、考え、編集する形をするべきだ。
そんな風に考えてる人はあまりいない。
まあ、いないから、
薙刀式は異彩を放ってるのかもしれない。
2024年01月20日
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