2024年02月07日

小学館の逃げっぷりがひどい

客観的に見えている部分だけをもって、
それが本質だというのは浅はかである。
だけど嘘をつきたいやつは、
それを正論として利用する。

原作者とテレビサイドの間に立つべき出版社が、
原作者がブログやツイートを消したことを、
「作者の意向」として追求しないですって。

テレビサイドはOKが公式に出たものだから文句ないでしょ、
とも言っている。

これが「臭いものに蓋」か!



角川映画のPも似たようなことで逃げたことを思い出した。
CGプロダクションがこのカット数は無理だから半分にして、
として泣く泣く減らしたのに、
クランクイン数週間前にこの金額だとできないと降板した事件があった。

結局別CGプロとやることになったのだが、
そことやるなら、カットしたものをいくつか復活させたい、
と願ったら、
「その議論はもう終わったこと」と、
軽く流されてショックだったことを覚えている。

今の段階の脚本では話が痩せてるから、
戻せる部分は戻したいと食い下がったのだが、
「すでに終わったことを蒸し返すのは」
となぜかひとつもアンドゥできなかったことを覚えている。

映画が良くなるなら議論すべきと思ったのだが、
現状良いものだからOKだと突き放された。
そのていたらくが、中盤のCG不在だ。
(ちなみにイン前の脚本でOKという判断だったくせに、
編集であれを変えろこれをこうしろなど、
いくらでも切り刻んできた。
クライマックスの野球シーンを切れに至っては、
さすがにこっちが切れた。
つまり、
ストーリーの理解度が低かったのだと、
この時に初めて理解した)


「もうクランクインに間に合わないから」
という理由で押し切られた記憶がある。
一日二日議論すれば済むことなのに、
もう話すのも嫌なのだなと思った。

このPのハンドリングは、
今でも間違っていると考える。

(もちろんそれをしたから劇的に良くなったかは不明だ。
だとすると、
コストに対してのパフォーマンスで議論するべきだろう。
その、内容まで立ち入って議論することが、
面倒だったのだろうか。
臭いものに蓋をすれば逃げられるからね)



なるほど、
ずるいやつは、客観的、公式的事実をもってそれでおしまいにするんだな。
なぜそうなっているかとか、
真相の究明とか、
遡ってなにかとか、
そういうことから逃げる時に使うんだね。


システムが悪いのか個人が悪いのかはわからない。

少なくとも小学館は、
担当編集者の名前を明らかにせよ。
テレビサイドの三名のPたちと、
どのような話し合いが持たれたのか明らかにしない限り、
この悲劇は後世に禍根を残すことになる。
posted by おおおかとしひこ at 14:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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