主人公が何かしようとしているときに、
わざと脇役などに、それには反対だな、
といわせてみるエクササイズ。
なぜかを考える。
そもそも主人公に敵対的なのか、
それとも献身的かで反対の内容も変わるだろう。
目的が大事だ。
邪魔したくて否定しているのか、
もっと良い回答を知ってて、協力するために反対したのか。
意図はどちらでも構わない。
とりあえず「反対だ」といわせてみるのだ。
このことによって、
主人公の判断が、妥当かどうかが明らかになるわけ。
その主人公のやろうとしていることが、
無理があるものじゃないかとか、
作者ご都合の行動じゃないか、
などをチェックできる。
もし主人公に相応の動機があり、
やらなければならないことだとしたら、
「でもやらないといけないんだ。なぜなら〜」
といえるだろうし、
「じゃあどうすればいいんだ? 俺は〇〇がしたいから、
もっといいやり方があるなら教えてくれ」
などとリアクションするだろう。
それで、話はひとつ進むよね。
「〇〇したいなあ」
「いいね、やろう」
となることは現実ではめったにない。
しょっちゅう反対される。
だから、架空でも反対してみるといい。
そうすることで、
やらないといけない意味や動機があぶりだされやすくなる。
「俺は○○がしたいんだ」
とアクションとして意味や動機を説明するのではなく、
リアクションとしてしよう、というエクササイズである。
もし動機が弱く、
なんとなくしか「〇〇したい」
でしかなかったら、
うまくこの反対にこたえられないだろう。
だから、この強さを持てているかどうかのチェックでもあるわけ。
なんでもかんでも反対する人は、
現実でもいる(たいていは保身のため)が、
物語の世界では、
障壁として、主人公の動機の強さをあぶりだすためだけの、
照明器具として機能する。
だからしょっちゅう、主人公は反対される。
もちろん、そこで主人公のいい反応が引き出されたら、
それはそのまま使えるかもしれないし、
言わずともわかっている場面では省略してもいいだろう。
必ずしも使わなくてもよい。
あくまでそういうエクササイズ、チェック機能だ。
これをあらゆる場面でやってみて、
主人公がうまく答えられない場面があるならば、
それは動機の弱いストーリーになっている兆候だ。
2024年04月04日
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