2024年04月20日

その人物はどこから来たのか

登場人物の履歴書をつくろう、
というのはよく言われることだ。

それは、なにもバックグラウンドがいない人など、
いないということでもあるし、
それを利用してストーリーを展開させやすい、
ということでもある。


リアリティが抜けていることの大部分は、
履歴書をつくることで担保できる。

というか、履歴書をつくるのはかなり大変
(一人ならまあ出来るけど、
複数の人間の被らない履歴はかなり想像力を使う)で、
その想像を先にしておくことが、
すでにリアリティを考え始める、
ということになっているわけだ。

カンペをつくるのが勉強に実質なっているのと同じように、
履歴書をつくる行為が、
リアリティを積み上げていく行為に実質なる、
ということ。

生まれはどこか。幼少期にあったこと。
何が好きでこれをしたのか、
なぜ好きだったこれを辞めたのか。
大変だったこと。うれしかったこと。
なぜそのように考えるに至ったのか、
それを思いつかせたエピソードとはなんだったのか。

「履歴書」といっても、
何年どこどこに入学とかを書き連ねるわけではない。
その人の「人生の流れ」を書き連ねるのだ。

どこから来たのか、
なぜここに来たのか、
そしてどこへ行こうとしているのか、
どうなりたいのか、どうしたいのか、
などをまずつくることで、
ベクトルの最初の向きを決めておこうということだ。

そうすれば、
「ちがう人がたくさんいる」ということを描きやすくなる。
コンフリクトをつくりやすくなるよね。


逆算して、
こういうコンフリクトをつくりたいときに、
どういう経歴の人物がいればいいかを考えるわけ。

たぶんこういう経験をしたからこそ、
こういうことを考えるようになって、
だからこういうことをしようとしている、
だから主人公とコンフリクトを起こし、
このような行動をとるのだ、
ということを考えるわけ。

結果ありきで原因を考えることである。

漫画だと急に過去回想篇に入ったりして、
あとづけでその履歴書を開陳することがあるが、
それはしょせんあとからリアリティが足りねえな、
と思ってやることであり、
それらが最初から組み込まれているストーリーのほうが、
スムーズで正しいと思う。


ストーリーというのは、
あくまでその最初の1ページから、
怒涛のように始まらなくてはならない。
中心となるコンフリクトに、
最短距離で面白おかしく辿り着かなくてはならない。

それには最初から勢いのある行動原理、動機が必要で、
だからそのための履歴書なのだ。
「まあどうでもいいから生きてます」という履歴書の人物よりも、
「〇〇な経験をして激しく心が壊れ、
それを修復して〇〇を死ぬほどやりたいと思っている」
みたいな激しい人物のほうが、
良く動くわけだね。
それをつくるために、履歴書が必要なわけ。

そして、急に変なリアリティのないことをやるよりも、
「それまでの流れ」がそのキャラにあればあるほど、
リアリティを詰めて行けるということだね。



ということで、
どこから来たのか、過去に何があったのか、
どうしてそう思うのか、
どうしてそれをやりたいのかを考えないと、
何もできないと思う。

どんどんそれらを考えることで、
キャラクター造形を深めていくことだ。
もちろんそれらを全部使わなくてもよい。
面白い部分、ストーリーに必要な部分だけを取り出して考えるとよい。

人の一生を考えることは、
リアリティを考えないとできないことだ。
「そんな人生ある?いや、ありそう」こそが、
面白さであるわけだからね。
posted by おおおかとしひこ at 00:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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