2024年05月15日

【脚本添削SP2024】5: 面白さとは何か

ログラインを見れば、それが面白いかどうかわかる?
それが正しく作品を示している限り、
わかると思います。

何がわかれば分かるのでしょう?


二つあります。

1. これまで知っている面白さに似てるかどうか
2. これまで知らない新しい面白さがありそうかどうか

です。

1はわかりやすそうです。

「モンスターに追われる話」とあれば、
古今東西のホラーやモンスターものの面白さを想像できます。
恐怖やスリルがメインの面白さになるでしょう。
最後にはやっつけるのか、食べられてバッドエンドかな。

「恋を手に入れる話」とあれば、
ラブストーリーのきゅんきゅんが期待できます。

「悪を倒す話」ならば、
悪を憎むことや、
爽快な悪者退治を期待できます。

これまで見てきた沢山の名作映画、
あるいは映画だけでなく、小説や演劇や実話など、
すべての物語にあったかもしれない、
「面白い要素」を持ってるか、
ということがチェックできます。

パズルがハマる感じ、感動する感じ、
迫力がある感じ、悲しみの感じなど、
さまざまな「おもしろさ」のパターンが、
古今東西にあります。

それが「もう飽きた」パターンであればダメだし、
「まだ新鮮である」ならばOKです。


「ママのかわり」であれば、
「娘を守るために立ち向かう」わけなので、
立ち向かい、倒すエンターテイメントが期待できます。
(実際に立ち向かうのは、わずかに数分でしたが)

「テンカウント」であれば、
「殺した親友の息子と試合する」が、
復讐で追われる男の話を期待できます。

ざっくりいうと、
モンスターに追われる話と同じ面白さです。
だからオチはモンスターを倒すか、食われて終わるかです。


これらは、「確実な期待」と呼べます。
予告編で鉄板で流されるやつで、
映画で言えば「ジャンル」に当たる部分です。

異常者対決もの、復讐に追われるもの、
とジャンル分けできるでしょう。


アホなプロデューサーや製作委員会は、
この「ジャンル」だけで売れる売れないを判断します。
○○ものは受けないからダメだ、
○○ものは鉄板だから受ける、などです。

水ものは受けないとされてたときに「海猿」が大ヒットを飛ばしたし、
雪山もののヒットはしないという神話を「クリフハンガー」が覆したし、
一方数々の「原作もの」は爆死しています。

それは、「過去に似てるもの」しか見てなくて、
未来を見てないからですね。

ただ、アホなプロデューサーや製作委員会は、
過去に似てるものがあると安心してハンコを押すんですよ。
バカなハンコ押し機を動かすための材料が、
1の要素です。



2は?

当然、これまでと似たような面白さだけでは、
ただのプログラムピクチャーにすぎず、
定番商品でしかないです。

はじめてそれを味わう人には新鮮かもだけど、
マクドナルドや吉牛みたいな、
とっくに飽きた味になってることは確実です。

なので、
「そうではない要素で、面白くなるもの」も、
ログラインにあるとよいのです。

2はつまり、「真の観客に宛てたもの」です。


「ママのかわり」でいえば、
「シッターの異常な執着」は新しそうです。
事実、萌という名前に変えるのは、
新しい不気味さがあって良かった部分です。

「テンカウント」でいうと、
「親友と作った必殺技」でしょうか。
モンスターものを、少年漫画的なもので退治する?
という一捻りが加えられていることが期待できます。

これは、
お話の「コンセプト」の部分に当たります。
「今回はこういう趣向でお楽しみください」
という部分です。

それが新鮮であればあるほど、
「おもしろそう」になるわけです。
これは不安と(そのあとにやってくる)納得の、
面白さだといえます。


たとえば、
タイやベトナムでは、鶏の唐揚げにカレー粉をかけるんですよね。
最初意味がわからなくて、
「うまいのか?」と不安になるけど、
いざ食ってみると「なるほどね」とわかる。
ああ、「今回はカレー粉という趣向でお楽しみください」
ってことだな、とわかるわけ。


その、
他と似ていて理解できる面白さ=ジャンルの面白さと、
他と似ていない、不安だけど最後に納得できる面白さ
=コンセプトの面白さの、
両方が入っているもの、
バランスのとれてるものが、
面白い話であり、
面白いログラインというわけです。



また、
大岡式ログラインでは、
主人公の前につく修飾語句が、
主人公の乾きや不足を意味してるのでした。

「ママのかわり」では、
「仕事に忙殺される」が、
「テンカウント」では、
「試合で親友を廃人にした」が、
そこに当たります。

これはつまり、
「これが克服される」ことが期待されます。


「ママのかわり」では、
「仕事に忙殺している人生」を悔い改め、
娘と愛に溢れて生き直すことが期待されます。
異常者事件により、
そのことを反省するのでしょう。

「テンカウント」では、
「廃人にした」ことに後悔があり、それをどのような形かで、
贖罪、克服することが期待されます。

ところが、
どちらもそれは実現していません。

この部分が、
お話のキモになる部分のはず。
感情移入のポイント、
ハッピーエンドのトリガーになるからです。

どちらも、
そこから逃げていること、
放置していることがわかります。

ただ、トラウマを抱えた「特別な私」と、
言いたいだけなのが透けて見えます。


そういうわけで、
リライトするには、
この克服するドラマを考える必要があります。
おそらくそれが、テーマと関係してくるはず。

次回。
posted by おおおかとしひこ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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