2024年05月21日

【脚本添削SP2024】12(終): 次にやるべきこと

最終回です。
今夜のみ2記事連続なので、11を読んでない人は前記事をどうぞ。


全体の講評をして、
次にやるべきことを書いておきます。


両作品とも、
凡人にはない、なにかの芽は感じました。
だけど芽でしかなくて、
花が咲き、実を結ぶまで行くレベルではなかったです。

じゃあ実を結ぶレベルってどんなもんじゃい、
というのを見せられたと思います。

ここまで出来て、
ようやくプロの仕事は評価スタートです。

エンターテイメントであり、
文学的テーマもあり、
燃えたり驚いたり、感情の行きどころが様々にあります。
これが映画のおもしろさです。

そして最後のシーンでずーんと深いところに入ってくる。
特にラストの、暗い炎がずっと燃えるような感じは、
この話のこのラストにしかないでしょう。

これが、フィクションでしか出来ない、
物語の面白さだと思いますね。

「なんかあそこだけ世界の温度や湿度が違ってる」
というのが、
その作品が作品として両脚で立ってることだと思います。



「ママのかわり」は、まだ表面的でした。

もっと深いところに入ってきなさい。
そのことで作者が狂うくらい、
えげつない女vs女を考えるべきです。
なんなら愛理も参戦して、三つ巴の戦いになってもよい。

主人公は作者ではないのでした。
だから作者が狂うことはないはずです。
他人だと思って、えげつなドロドロショーにするべきでしょう。

正直、今回の脚本添削をどっちにするか迷ってたんですが、
構造分析をしたときに、
1ページ目で「萌はね」から始められることがわかり、
ラスト穂香が死ぬとしたら、残り13ページ創作しないといけないなあ、
と思って、それじゃリライトにならんよなー、
全とっかえになるなー、
と思ってやめた次第です。

娘の人格がどこかで入れ替わってる、
というのはとても不気味でよいのですが、
それがネタバレされた時点で、
「死んだ娘を諦めきれないベビーシッターが、
自分の娘のように育てる」ことを、
それほど不気味と思うかが怪しくて、
しかもそこに何のテーマが?
となると、分からなくなったんです。
仮に「あなたの人格は誰に育てられましたか?」
という自分に突きつけられるテーマにしても良かったけど、
それは元原稿がやりたかったことなの?
と思って躊躇しました。

「テンカウント」は、じゃあどうなのかというと、
まだガワが残ってるからね…


「テンカウント」の元原稿は、
設定だけにたよって、
リアリティのないご都合主義でした。

少年漫画ですらもっとリアリティがあると思います。
ほんとにそれは実在するのか?を、
突き詰めるべきです。

キャラクターの絵を描くより、
似た人の写真を見ると確保できるリアリティがあります。
ボクシング漫画を見るより、
実際のボクシングの試合を見ると確保できるリアリティがあります。
場所が空想でなく、
実在の場所のリアリティが効果を増すことがあります。

これらはAIに描かせるのではなく、
実在にするべきです。
実在しか持ってない、ご都合ではない色々なもの
(時に不便や不満やうまくいってないものもある)
から醸し出されるものまで取り入れて、
そこに立脚した上で、
成立する嘘をつくのです。

そして、
フィクションでしか味わえない、
ドラマの濃厚さに至るべきです。


もちろん、今回の僕のリライトが、
唯一の正解ではありません。

ただ、足りないものは誰が分析しても同じでしょう。
それが正しい目を持つということです。

どう足らせるのか、を考え、決め、創作するのは、
それこそクリエイターの数だけあると思います。
それが一定のラインを超えた時、
人を楽しませるクオリティーに達する、
というだけの話です。


もちろん、出来上がったものが、
そのラインに達している/達していないをまた見極めて、
足りてないものは何かを分析して、
足りるまでやることです。

なので、リライトは生物進化にとても似ています。
進化の方向性によって、
どちらへ進むかは、進化させるクリエイターによるでしょう。

たまたま僕が今回やったのが、
バッドエンド、ループ、当事者にとってはハッピーの、
螺旋修羅エンドであったというだけの話です。

別解は全然あり得ると思います。
れおさんの当初やりたかったと思われる、
少年漫画的なハッピーエンド方向は、
不可能ではないかもしれません。

ただ今回の僕には不可能だっただけのことで。
別のクリエイターがリライトすれば、
また別のリライトになるでしょう。



僕は設定とボクシングというガワをキープしましたが、
将棋の「封じ手」というルールを利用した、
ガワをまったく変えて本質だけを残した話をつくることも可能かもしれません。

(親友との対局が伸びて、明日に延長、となる。
ただし一晩考える方が有利になるので、
その場で打つ手を紙に書いて明日まで開けない「封じ手」
というルールがある。
親友の手番だったので親友の封じ手でその日は終わる。
ところが親友は事故に遭い、廃人となってしまった。
試合は不戦勝。
狂った親友は息子を折檻して将棋を鍛える。
成長した息子は将棋を憎み、主人公も憎む。
十年後、主人公はプロ棋士となった息子との対局前、
封じ手を解禁してあのときの彼の手を知る。
それは彼の勝ちだった。
試合開始して、彼は目の前の息子と、
どうやればあの試合に勝てたかの、二局を同時に行う。
そして息子が指した手は、偶然封じ手の通り。
主人公はシミュレーション通り指して、
親友とその息子を同時に破る。
息子ははじめて将棋の悔しさと楽しさを知る。
…という話「封じられた手」を考えたけど、
これでもまだテーマが何かはよくわからんのよね。
最後握手すれば、「誰かと握手することはできる」
と「封じられた手」の逆になるかもしれない。

ただそれが元原稿の本質?となるとまた違うしね…)



やり方は星の数だけあります。
それぞれが、
それぞれの別解を考えるのも練習になると思います。

最終的には、
大岡版「テンカウント」より面白くなれば勝ちです。




れおさんとウエストさんも、
まだまだ先は長いですが、
この道をゆくなら、いずれぶつかる壁だと思ったので、
先にこういうことがあるよと示した感じです。

なので、
今回の脚本添削スペシャルは、
かなり上級者向けだったかなと思います。

それを理解できるだけのスペックは、
二人ともあると踏んだからここまでやりました。

いきなり次に全部できるようになってるとは思えませんが、
少しずつ成長すれば良いでしょう。

たくさん盗んでください。



次回作を期待します。




ちなみに鍛え方としては、
プロット10本作って、
3本書いてみる、
を3セットくらいやると、
経験値がたまると思いますよ。

3ヶ月あればいけるでしょう。
半年かかるかもです。
やってみてください。


ではまた来年。
通常運転に戻ります。
posted by おおおかとしひこ at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
脚本添削スペシャル、お忙しい中今年もありがとうございました!!

今回もたくさん学ばせていただきました!
今回の自分の脚本は「座敷牢をボクシングリングという檻に見立てて、そこで生きるボクサーの獣性」のようなものが描けたらいいな、というイメージがあったのですが実力が及ばず、大岡監督のリライトでまさにその世界が描かれていて凄みと深みに改めて感動させられました。

座敷牢というワンアイデアと、去年に続き格闘技モチーフなのはあしたのジョーなどの格闘技少年漫画に対する憧れゆえにどうしても挑戦したくなってしまう節があるなと反省にもなりました。

記事内で頂いた「ドキュメントを書いてみる」「手塚先生の記事」「リライトの詳細解説」「プロットの鍛え方」など実践して血肉にします!
(もし来年の開催があれば)次回の再挑戦を目指してまた一年頑張ります!

ありがとうございました!!!
Posted by 自称弟子のれお at 2024年05月21日 02:14
>自称弟子のれおさん

おつかれさまでした。

手塚治虫は毎週ブラックジャックを描いてた、
というのが気が狂ってると思うんですが、
人間には可能だということを示したわけで。

結局経験がものを言う世界だと思います。
順列組み合わせをどれだけ試したか?
みたいなことだと思ってます。
百本組手は若いうちにやっておくべきだと思います。

ではご健闘を。
Posted by おおおかとしひこ at 2024年05月21日 06:40
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