2024年07月02日

【薙刀式】物理配列入門

論理配列の話をしたので、
物理配列の話もしておきたい。


キーボードの形は、
最初はピアノの鍵盤から生まれた。
以後様々な形が提案された
(日本ではM式、親指シフトなど)が、
一旦は101キーボード(US)、
109キーボード(JIS)に標準化された。
(各国語対応はまた別にあるが、基本的な形は同じ)

これはタイプライター時代からある、
左に傾いた、ロウスタッガードという形をしている。

なぜ左に傾いてるかは、
タイプライターのバーが物理的に重ならないためにだ。
そのバーがもはやいらないのに、
左に傾いたものを使い続ける理由が、
僕にはさっぱりわからない。

左右対称形が、
標準運指を考えれば合理的だろう。

あるいは、手の形に特化した形こそが、
道具として正しい姿ではないかと考える。


そう考えたのは僕だけではない。
むしろ膨大な人がそう考え、
膨大なバリエーションを提案してきた。

しかしそれが普及しないのは、
ひとえに「標準」でないからだ。
普及しないから普及しない、
というジレンマに陥っている。

だから大量生産を前提とするメーカーでは、
非標準キーボードをラインに乗せることは難しかった。


これに革命を唱えたのが、
自作キーボードの流れだ。

ミニマム10ロットで作れる基板プリントサービスによって、
基板の自由化が行われた、といってよい。
頒布レベルの少量生産ですみ、
組み立ても各自がやることで、
基板と部品をセットにした「キット」や、
基板のみの販売で、
個人レベルで、物理配列が自由化されたのだ。



一体型/分離型

手を肩幅より縮めると、
肩が縮こまり巻き肩になり、手首を痛めやすい。
左右分離型は肩幅に手をひらけて、
肩甲骨と胸を正常な状態にするため、
肩こり防止になる。

ていうか、一体型は人間の手の使い方として、
長く使う道具としては不自然だ。
ホームポジションが2Uしか離れていないのは、
手を腕を肩を、縮こませてしまう。


ただ、分離型は持ち運びが面倒で、
セッティングと回収に手間がかかる欠点がある。
このため、自作キーボード勢では、
モバイル一体型という流れもある。
また、打鍵感はひとつの大きな質量のほうが良くなるため、
質量の小さな分割型は打鍵感の面で不利だ。
(僕は真鍮を大量に仕込むことで、
左右分割でもかなり重ためにしているよ)



物理配列いろいろ


格子配列、コラムスタッガード、
Alice、Grin、TreadStone、Willow、Lotus
放射状、部分的な組み合わせ、
3D配置、
親指クラスタの色々もある。

個別の紹介はこれらの名前でググれば出てくる。
あるいは、Remapのカタログ欄を見れば作例がわかる。

ひとつ気をつけたいのは、
「何が最適か、まだ誰にもわかっていない」ことだ。
色々な理由が色々な物理配列にはあり、
それらのどの要素が効くのかは、
因果関係がわかっていない状態だ。

僕は左右分割格子配列を使っているが、
これとてベストという保証はないわけで、
しかも日々の調子によって好みが変わる時もある。

自作キーボード勢でよく言われるのは、
「気に入った複数のキーボードを使い回す」
とよいとされる。
気分が変わるだけでなく、
負荷分散になるからだ。


また、親指クラスタの活用は、
とくに自作キーボードの華だと思う。

JISキーボードでは、
一本の長いスペースバーの代わりに、
無変換、スペース、変換、ひらがなカタカナの、
4キーが配置されている。
これは元々IME操作専用キー
(変換、前候補、無変換確定など)であったが、
近年その伝承や発展が途切れ、
いらないキーになりつつある。

ここに、BSやエンターやカーソルなどの機能キーや、
レイヤーキーを入れ込むのが、
自作キーボードならではの使い方だ。

8本の指はタイピングに取られているから、
和音のように親指を重ねて使うのがよい、
というのが親指シフトの発見であった。
親指の活用は、
合理的な手の使い方を考える上で当然といえよう。



狭ピッチ


標準キーボードのキーピッチは、
3/4インチ=19.05mmに定められている。

これは手の大きな外人合わせであり、
日本人の最適な数字ではない。
TRONの調査によれば、19、17、16の三種を出すべきだ、
というのが日本人にとっての適切なピッチだ。

もちろん、すべてのキーが等間隔である意味もない。
どれかは遠かったり、近かったり、
キー自体が大きかったり、小さかったりして良い。

それらを自在に調整できるのが、
基板設計のジャンルだ。

ただ既成キーキャップはほぼ19ピッチ用のため、
狭ピッチ用のキーキャップは、
既成を削るか、3Dプリント製しかないのが、
痛し痒しといったところ。




スイッチ


現在自作キーボードで基板に装着可能なスイッチは、
MX系(最小ピッチ14mm、ストローク2.5〜4mm)、
choc、GateronLPなどのロープロ系(同、ストローク2〜3mm)、
静電容量系だ。

静電容量系のみ特殊なファームウェアが必要だが、
それ以外は簡単なプログラムで可能なので、
MX系7割、ロープロ系3割くらいで、
みなさん色々楽しんでいる。

現在入手可能なスイッチは、
300〜500くらいあり、
材料による滑らかさ、ストローク、直進性、
材料や形による響き方、バネの強さ、
触感(リニア/タクタイル/クリッキー)、
などによってタバコやウィスキーなみに嗜好品になっている。

これらを改造したりパーツ交換する沼もあるよ。


キーキャップ

指に触れる部分のキーキャップは、
自作キーボードの一番目立つ部分で、
高いものでは数万円、
安いものでは数千円まで、
色々なものを探すことができる。

デザインの違いだけでなく、
材料や厚みによって打鍵感が変わったり、
プロファイルの違いによって、
打ちやすさが全然変わる。
(このプロファイルの好みは人による)


これらの、
基板、スイッチ、キーキャップによって、
ほぼほぼ物理配列は決まる。

ここだけで天文学的組み合わせがあり、
エンドゲームにはまだ誰も辿り着いていないのが現状だ。




打鍵感沼


非常に言語化しにくい領域だけど、
カスタムキーボードと言われる、
一台10万円にもなるキーボードを触れば、
「これが打鍵感が良いということか」を知ることができる。

概ね、
金属ケース、金属プレートによって剛性感を高め、
シリコンなどでPCBを止めるためたわみがあり、
底つきが柔らかい、
各種フォーム(発泡材)によって細かい振動のビビリがない、
どのキーも同じ打鍵感である、
などの特徴があり、
高級な万年筆のような世界が広がっている。


カスタムキーボードはキットとして存在するが、
そのノウハウを取捨選択して組み合わせ、
打鍵感の向上を目指すことは誰にでも可能で、
真っ先にやることは、
高級スイッチと高級キーキャップに換装することだ。
ただ、それを使わずとも、
色々な打鍵感をつくることが可能なので、
かなりの沼が広がっている。


ケース自作、フォームやテープやフィルムを貼るMOD、
様々な素材を組み合わせる(シリコン、ゴム、板バネ)など、
色々なやり方が模索されている。



一応この項は「物理配列入門」と銘打ったので、
それぞれの物理配列の特徴をあげておく。
ただ、上の要素が色々とからむため、
物理配列単独で評価できるものではないことは、
あらかじめ断っておく。


ロウスタッガード

標準。左右非対称の意味がわからない。
左右に負荷を変えることで、
体に歪みを生じさせる劣悪物理。


格子配列

標準運指をそのまま体現したかのような理想的配置。
すべてのキーが等距離になる、幾何学的配置。
ただ左右分割したり、ハノ字に置かないと、
手が窮屈になるだけだろう。


コラムスタッガード

指の長さに合わせて縦ズレしたもの。
指単独から見たら合理的だが、
アルペジオ運指など、格子配列から遠ざかるものもある。
TYQPは近くなるが、BNZ/は遠くなるなど。


Alice

左右分割、ハノ字、ロウスタッガードで、
ロウスタッガードからの移行コストをさげたもの。
入門物理配列としては有用だけど、
もっといいのあるやろ、といつも思う。


Grin

Aliceを曲線にまげたもの。かわいい。
ロウスタッガードを保ったままのものと、
左右対称にしたものがある。

いずれにせよ、4指は放射状になるため、
放射状配列に近くなる。


TreadStone

六方最密構造。1/2Uズレと1/4ズレ版がある。
U
J
M
のようなズレ方が標準。


Willow

TreadStoneをさらに曲線状にしたもの。
ざっくりいうと、
)))) ((((
のような形をしている。
テンティングしたときに、
指の曲げ伸ばしは平面投射すると曲線である、
のような観察からつくられた。


Lotus

Willowの逆で、
(((( ))))
になっているもの。球を包み込むように使うとよい。


放射状

グーからパーにしたとき、
指は放射状になる。
そのように縦列を並べたもの。
上段ほど開くため、アルペジオ運指がやりにくくなるのはたしか。


3D配置

基板ごと3D形状にしたものや、
立体面になるようにキーキャップを工夫したものなどがある。

指の形は幾何学的ではなく、
長さも向きも厳密にはバラバラであるから、
その立体軌道にあわせるべき、
というのが根拠だ。

しかしどのような立体軌道か?
についてはまだ正解がなく、
開発の大変さにくらべて、
決定版がないジャンルだ。

凹型(お椀型。KinesysやColosseumなど)、
凹凸組み合わせ型(Lime40、サドルキーキャップ)、
凸型(ドームキーキャップ)、
などにわかれる。

凹型は指の長さ合わせという理屈だが、
それは突き刺し打ちに特化したものだ。

逆に凸型は、指の腹による撫で打ちに特化したもの。

僕の意見は、
「一つの最適化曲面に指を追い込むと、
寝返りが打てなくなるからかえって窮屈なのでは?
幾何学的配置のほうが指が適宜合わせるので、
ルーズな指使いになり、結果凝り固まらないのでは?」
と思っていて、
擦りや撫でに特化したコンベックス形状での、
幾何学的な格子配列上で、
全体が球の形になっている、
ドームキーキャップを使っている。

これが万人に当てはまるのか、
ある特殊な人だけなのかはわかっていない。


親指クラスタ

通常のキーボードのように一直線にしたもの、
斜め配置したもの、
円弧上にしたものなどがある。

一本の親指は一度に何キーまで担当できるか?
という問題もある。2〜4で流派がわかれる。

あるいは、親指クラスタにたくさん置き、
あまり使わないものをこっちに置いて、
4指の負荷を下げようと考える一派もある。
(僕が見た作例では、8キーずつ担当があった)

3D形状では、
もちろん4指のなす曲面とつながらない、
別の面に親指キーを配置するが、
それらを凹型に沿わせるか、
凸型に沿わせるかでも分岐がある。



これらの中で、
何がベストなのだろう?
この中にないものがベストなのだろうか?

まず自分に合うものはなんなんだろう?

多数の変数がありすぎて、
全てを試すには膨大な試行錯誤が必要だろう。
だから、自作キーボードイベントが最適なのだ。

様々な物理配列、打鍵感、設計思想に、
一挙に触れられて、打鍵比べができる機会は、
自作キーボード実店舗(今のところ遊舎工房一択。
しかし定期的に展示品が入れ替わり、
博物館の役目は果たしてはいない)か、
キーボードイベントのみであろう。


そして、
この沼と、論理配列沼を組み合わせると、
無限の濃度が濃くなる。

答えはまだ出ていない。
だからあなたが見つける番なのだ。
posted by おおおかとしひこ at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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