2024年09月27日

たった一発の銃弾というクライマックスを考えよう

昔の映画ではよくあったなあ、
三幕でたった一発の銃弾が撃たれて、
話の決着がつくやつ。

それを真似してつくってみよう。


なぜ、その一発が撃たれるのか?
殺そうと思ったのか?
脅そうと思ったのか?
何かを止めようと思ったのか?
計画的に銃を持ち込んだのか?
たまたまそこにあったから撃ったのか?

撃たれてどうなったのか?
殺したのか?
外れたのか?
先読みされて返り討ちにあったのか?

色んなパターンがあり得るだろう。
考えたまえ。


クライマックスに銃が出てくることで、
緊張感はマックスになるに違いない。
凶器の中でも銃はやはり特別だ。
デカい音が鳴り、光が閃き、大げさな煙が出るのもよい。
映画において小道具として、こんなに優秀なものはないかもね。
とくに日本の場合は、
どこからその銃を手に入れたのか、
という入手経路も含むから、
なかなか脚本家の腕試しになると思う。


クライマックスが思いつかない、
絵的に派手にしなきゃ、
などと思ってしまう傾向はあると思う。
でもほんとうに面白い映画って、
別に派手な絵じゃなくていいんだよ。
危険がマックスで、そこでテーマが決まるから、
クライマックスなんだよね。

その地味なクライマックスを考えたら、
そこに銃という小道具で、
派手にしようぜ、ということを言っている。
そんなに派手にしなくてよいから、
銃で十分派手になるぜ、
ということを言っている。

というわけで、
クライマックスにたった一発の銃弾が撃たれる、
を中心に考えて逆算していくとよいだろう。

たとえば「タクシードライバー」では、
一発の銃弾が撃たれるが、外れて計画は台無しになる。
たとえば「サンセット大通り」では、
一発の銃弾が撃たれて、何もかもおしまいになる。

銃弾が重要ではなくて、
それまでの「つくり」が重要なことは、
火を見るより明らかだ。

もし二本とも未見ならば、
ぜひこの機会に見ておくことだ。
今これが最高、ということは言っていない。
だけど、あなたがこれを書けるのか?
ということを問うている。

それまでの「つくり」というドラマを作り上げて、
たった一発の銃弾に、
クライマックスの全てがかかっているようなものをつくれるか?
という話だ。

もちろんナイフでも日本刀でもいいんだけど、
やっぱ銃って映画だなあ、って感じだよね。
一発で決まるのもいいし、
素人でも殺せるのがたまらんね。

あと記憶が曖昧なんだけど、
「バリーリンドン」でも銃の決闘できまったっけ。
あれもなんかすごかった記憶がある。
「椿三十郎」だとラストにものすごい一刀の殺陣がある。
まあそんな感じだ。


たった一発の銃弾で、
すべてが決まってしまうものを。

それが書けるようになったら、
別に銃弾を使わなくても、
別のクライマックスが書けるようになるだろうね。
あくまで銃はマクガフィンということになるだろう。

そこに至るドラマの全てが、
脚本家の仕事になるわけだ。
そして、銃弾のように一発で決まるラストはとても印象深くなると思う。
銃弾に変わる一発を考えだせば、
それが歴史に残る名場面になると思うよ。
posted by おおおかとしひこ at 08:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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