という検索ワードを見たので、
僕なりの考えを書いてみる。
1. あなたがおもしろいと思うものを思いつく。
2. それを万人にもおもしろいようにつくる。
たったこれだけだと思う。
まず、あなた自身がおもしろいと思うアイデアを考えなさい。
あなたのテンションが100のうち20になる程度なら、
意味がない。
あなたがこれまで一番面白いと思うものを100としたとき、
100か、200か、5000か、10000を思いつくことだ。
これまでの100を、
同じジャンルで越えることは結構難しいと思う。
たとえば「男二人の熱すぎる運命」でRRRを越えることはもう無理だろう。
だから、
「別方向ではあるが、
これまでのマックスを超えるおもしろさ」
を思いつくことになるだろう。
それが出来ないならば、
そもそも書く意味がないので、
おもしろいアイデアの思いつき方をググってみたまえ。
さて、
まずその100のアイデアありきからはじめよう。
それを最終的におもしろい脚本に定着させるだけの、
実力はあるものとする。
あなたが書き終えたものが、
あなたのおもしろいアイデアに劣っているならば、
あなたには筆力が足りない。
文章の書き方などを調べて、
経験を積みまくって鍛えることだ。
「背の高さまで書けばデビューできる」
という格言が脚本の世界にはある。
さて、100のおもしろさを、
100の脚本に書けるとしよう。
じゃあ書けばいいのか?
まだ書いちゃだめだ。
次の段階を経よう。
つまり、
「そのおもしろさをみんなが理解できるか?」の段階だ。
極論、あなた一人がおもしろいと思ってて、
地球上の誰一人もそう思わないものかも知れない。
あるいは、仲間内の3人くらいには通じるおもしろさだが、
それを前提としてない人にはさっぱり、かもしれない。
つまり次の段階とは、
「ローカルなおもしろさを、グローバルなおもしろさに転換する」
なのだ。
この時よくあることは、
「自分が100おもしろいと思ったが、
他の人はつまらんという。
自分はセンスがないのではないか、
才能がないのではないか」
という疑心暗鬼に取り憑かれることだ。
いや、自分の100のテンションは信じるべきだ。
「問題は、全員を100に持っていけないこと」
と考えれば良い。
あなたが根本的に間違ってるのではなく、
あなたの実力が足りてないだけだ。
さて、じゃあ、どのようにすれば、
他人をあなたのテンション100に上げられるか?
あるいは、他人を100に巻き込めるのか?
あなたの100を見せても、
いきなりは引くだろう。
徐々に巻き込んで、いつの間にか100になることを計画するべきだ。
「オッ、いいじゃん」という導火線10〜20をつくり、
30〜40に上げて、
50にして75にして90にして、
ついに100にすればいいのさ。
そんなふうに、巧妙な計画が立てられるか?
ということだ。
どのようにすれば可能か?
あなたの思うおもしろさを、
言語化するとよい。
まずどんな種類のおもしろさかをざっくり分類しよう。
仮に「感動する」おもしろさだとする。
そうしたら、「それはなぜか?」を言語化する。
たとえば、
「○○が○○になって○○だから感動する」
のように言語化してくれ。
これはつまり、解説を書いているのだ。
他人がそれを感動しなかった時に、
「○○が○○になって○○だから感動する」だろ!
と解説すれば、
「ああーなるほどー!そういう感動か!」と、
納得するようなものを書きなさい。
もしそれで納得いくものが出来ないなら、
あなたは解説が下手だ。
解説が下手だというのは、
客観的な視点にいないということだ。
「これのおもしろさが分からないなんて、バカだ」
と思ってるうちはまだ自分の領域にいるのだ。
相手の領域に行くことが大事だ。
さて、別の客観領域も見よう。
「○○が○○になって○○だから感動する」話は、
他に何がある?
探そう。
もし似たようなものがあり、
そっちの方がおもしろいなら、
あなたの負けである。
つまらないといった人は、
その話が念頭にあり、
比較した上でつまらないと言ってる可能性がある。
あるいは、
大きくは全然違うけれど、
部分的に似た場面があるものを思い出して、
それに比べたらつまらんね、
と思われている可能性がある。
だから、名作はたくさんみるべきなのだ。
沢山見て、沢山分析するのだ。
なぜこれは名作なのか?
なぜこれはおもしろいのか?
を、自分の言葉にするのだよ。
○○で○○だからこれはおもしろい、
というふうに分析しておくと、
世間では全く違うジャンルだと思われるものに、
同じおもしろさを発見できるかも知れないよ。
それは、
世界のおもしろさに詳しくなれ、
ということでもある。
次に、それらの名作は、
作者が思う100に、どのようにみんなを巻き込んでるか?
を分析するんだよ。
いきなり100になってないよね。
1とか2から丁寧に始めるものもあるし、
40くらいの熱めから行く場合もあろう。
いずれにせよ、
ゴールが100になれば勝ちなのだ。
そのテクニックを学ぶことだ。
そして、
「自分の興味がわかないが、名作と言われるもの」を、
見ることが大事だ。
たとえば僕は法廷劇はあんまり好きじゃないが、
「情婦」(原題: 検察側の証人)というモノクロ映画には、
マジでしびれた。
コメディもそんな好きじゃないが、
ビリーワイルダーの一連の作品は凄かった。
多くのモノクロ映画にはこんな傑作もあるのに、
なんでみんな教えてくれないんだ!と、
腹すら立つ。
これらの作品は、
「興味のない人を100に持って行く力」が、
ずば抜けてることがわかる。
それはどのようにして?
を言語化するとよい。
自分のテンションがどのように上がっていったか、
作品のエピソードやターニングポイントなどを、
細かく分析して行くのだ。
鍵になるのは感情移入であろう。
全く他人のおはなしに、夢中になるわけだからね。
さて。
あなたが100だと思うものを思いつく。
あなたが100だと思う原稿にしあげる。
そしてそれを、
全員が(または出来るだけ多くの人が)100だと思う原稿に、
転換する。
たったこれだけをやればゴールだ。
三つともハードル高いやんけ!
とくに三つ目。
あなたはどれが出来てないだろうか?
そこからやりなはれ。
2024年11月17日
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