2024年09月09日

デジタルは人を幸せにしない:AI酔いの正体は、「対象の永続性」の破れ

映像の仕事なもので、AIによる画像処理の可能性について、
色々と模索している。

そこで「AI酔い」みたいな現象に遭遇することがよくある。
3D酔いとはまた違った、認識の酔いみたいなもの。
実際気分が悪くなり、回復にはそこそこかかる。

色々考えてみたところ、
ピアジェの「対象の永続性」の破れが原因ではないかと思った。


まずおもしろげな作業をしてみよう。
フワちゃんがSNSでのやらかしで、休業に追い込まれた。
で、ある番組に出演していたんだけど、
そこで「フワちゃんだけ消されている」
という奇妙な現象が話題になった。
「フワちゃんだけ消しゴムマジックで消された」というやつだ。
たとえば、
SNSにアップされていた写真と、
実際にオンエアされた画像を見ればわかる。
Fuwa1.JPG
Fuwa2.JPG


異なる写真だが、
ここで急にフワちゃんだけいなくなったことは考えにくいので、
別テイクの写真からフワちゃんが消されたことは事実だろう。

で、1枚目の写真から、
消しゴムマジックでフワちゃんだけ消すことが出来るかな?
と技術的興味がわいたので、プロレベルでやってみることにした。
それが次の写真。
見事にフワちゃんだけ消せている。
Fuwa3.jpg


使用したAIはPhotoShopのFirefly。
しかし、AI一発で消せたわけではなく、
人力での消し技術との組合せが前提だ。
この作業中に「AI酔い」が発生しやすいという、
現場からのレポートをして、
それからこれがピアジェのいう「対象の永続性」が壊されているからだ、
という話をしたい。

まず、消しゴムで一発で消せたのはここまでだ。
Fuwa4.jpg

地面の影が変で、
カバンが違うものになっている。
よく見ると有吉の肘あたりも破綻している。

なので、AIに何枚かつくらせる。
そのたびに異なるものが出来るのが、
AI(というかニューラルネットによるディープラーニング学習)の特徴だ。
Fuwa5.jpg
Fuwa6.jpg

2番目のカバン、3枚目の肘を合成して、
足元の影をつくったものがこれ。
Fuwa7.jpg

ここにオンエアされたものからカバンだけ持ってきて合成、
アラだけAIで消すと、
最初に見せたものが出来上がる。

で、これらを合成する作業中に、
AI酔いをしやすいんだよね。
一枚程度だとそんなでもないが、
1時間継続したり、色んな画像を扱うと、
船酔いみたいに平衡感覚がなくなって、
ぐるぐる回るような、気分の悪い感じになる。


なんでかを考えると、対象の永続性の破れだろう、
と推察したわけだ。

発達心理学者ピアジェによって発見された現象。
ある物体Aを手で隠したとき、
それはAがなくなったのではなく、
手の向こうにあり続けて、手をどけると、
また見えるようになる、という「理解」のことである。

大人には当たり前のこのことは、
赤ちゃんには当たり前ではないことがわかっている。
あるものを手で隠したときに、
それがなくなってしまったものとして悲しむのである。

それが、手をどけてもどけなくても、
そこにあり続けるのだ、
と理解するのは2歳前後らしい。
たとえば「いないいないばあ」を赤ちゃんが喜ぶのは、
この学習の途中であるから、と考えられる。

つまり、人は、「対象の永続性」を学習によって獲得している、
という学説である。

これが遅れて発達する子供もいる。
小学校低学年くらいでまだこれを学習していないと、
すぐ物をなくしたと勘違いしたりするわけだ。
あるいは誰かが盗んだと騒いだり。

そのようなチェックとして、これがあり続ける、
という概念を提唱したわけだね。


この当たり前の感覚が、
AIにはない、という話である。

つまり、
フワちゃんで隠されている部分は、
人工の芝生がありつづけ、人の影があり続ける、
ということを理解していない。
フワちゃんで隠れている人は、
胴体がつながり、足があり、ということはある程度理解しているが、
半パンか長ズボンかは理解していない。
有吉のカバンが隠れている、ということは理解していても、
それがどのようなデザインかまでは、
理解していない。

これらを人間側が、「あるものとして」合成する、
という作業過程において、
「そう認識していない者に、あるものとしてふるまうことの橋渡し」作業が発生して、
直観と異なる画像を修正し続ける作業で、
人間側の「対象の永続性」の感覚がおかしくなり、
酔いを引き起こすと考えられる。


そこにそれがあると感じている感覚は、
理屈レベルではなく、神経の感覚レベルだ。
だから「ん?」と違和感を感じて、
合成作業ではそれを消すことをやり続ける。

その「ん?」が、これまでの合成のやり方でない、
AIが吐き出す画像の修正になると、
かなり神経が逆立てられるっぽいな。


絵がうまい人ほど、
こんな間違いをするAIは、絵が分かっていない、
と感じると思う。

だけど、
絵を描かない人は、
何が変なのか分らず、AIを使い続けるんじゃないか。
だってフワちゃんが勝手に消えて、便利だものね。
いや、ほんとうには一発で消えてないのだ。
フワちゃんは消えているが、その周辺がおかしなことなのだ。
それを変だと感じない程度にしか、絵の感覚を持っていないのだろう。


オンエアに使われた画像の、
きれいなやつは入手できなかったので、
どこまでちゃんと消せていたかは不明だ。
だけど、この作業自体不毛だよなあ、
と感じたのでここに記録しておく。


ほんとうにデジタルは人を幸せにしている?
どんどんしんどくなっていない?
奴隷の奴隷を増やすことにしか寄与していない感じがするなあ。
いつかAIの尻を拭くだけの下層民が、
反乱を起こすんじゃないかな。
posted by おおおかとしひこ at 12:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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