2025年01月06日

もう少しラストの続きを見たい

と思わせたら勝ちだと思う。


ラストシーンは、
クライマックスですべての決着がつき、
大団円になったあとの、
余韻のシーンのようなものだ。
そこで各キャラクターのその後を想像させるものである。

悪が滅びたなら、主人公たちに平穏な日々がやっと帰って来るのだろうし、
結婚したら新婚生活が待っているのだろうし、
まあとにかく、
「取り戻したかった日常」が次に来るのだ。
その平和な予感をして終わるのがラストシーンの役割だろうね。

ハッピーエンドでない場合は、
悲劇に終わったその後を想像して、
空恐ろしくなるのが目的なわけだ。
(ホラーで死ぬとかが分かりやすいか)


優れた物語は、
その後を想像させる。
あいつはあのあとこうしてるんだろうな、とか、
あのキャラはあれをするかなー、とか、
約束していたあのことをするんだろうなあ、とか、
そういうやつだ。
それを見たいと思わせる理由は、
おそらく「その人が好きになっているから」だと思うんだよね。

好きでもなっていないキャラクターの、
そんなことは考えないものね。
ということは、
その後を見たいと思わせることは、
最上の観客の反応だということになる。
キャラクターに感情移入がうまくいって、
好きになってもらえたということだ。

続編を作りたいとか、そういうことではない。
主人公たちを乗せた列車はまだどこかで走っていて、
それをいつか見れたらなあ、
という思いを抱かせるほどに、
その世界に浸ることが楽しかった、
と思わせたら勝ち、ということだ。

今回トラブルで色々あって、
主人公たちとじっくり平和に楽しむことが出来なかったから、
落ち着いて時間を過ごしてみたいよね、
と思わせるのが最上だと僕は思う。
トラブルで色々あることがストーリーであり、
その後平和に過ごすことはストーリーではない。
だから、
その願望をそのまま実現すると、
腑抜けた同窓会にしかならないだろう。

多くの人気作品の続編は、
それで失敗するよね。
腑抜けた同窓会になるか、
トラブルを起こさなきゃと、前回以上の問題がやってきて、
やっぱりゆっくりする暇がなくなり、
へたしたら前回のキャラを殺したりするからね。

だから、次はない。
「ああ、この続きが出来るなら見たい」
と思わせて、その次がないのがベストだ。

別れ際のベストみたいなことだ。
キャバ嬢のテクみたいなことか。

すべてが分かったので、二度と来ない、
のも満足のひとつだけど、
何度もリピートするのは、
「ああ、この別れ際をもう一度楽しみたい」
という欲望かもしれないね。


僕が好きなラストは「さよなら銀河鉄道999」の、
鉄郎とメーテルの別れのシーンなんだけど、
あの別れ際を、何度でも見たい感じにさせられる。
仮に続編があって再会するのは、
ないと僕は思うわけさ。
あそこで二度と会えなくなるから、
人生はいいんだ。


あらゆるつくりごとの中でもっとも豊かなものは、
想像だ。
だから、想像させることは、つくることよりも豊かなものを生む。
女のスカートはひらひらして「その奥に何があるのだろう」と想像させるのが最上であり、
めくってしまったらおしまいなのだ。

だから、ラストは最高にその後を想像したくなるように締めると、
いいラストになると僕は思っている。
posted by おおおかとしひこ at 09:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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