と思わせたら勝ちだと思う。
ラストシーンは、
クライマックスですべての決着がつき、
大団円になったあとの、
余韻のシーンのようなものだ。
そこで各キャラクターのその後を想像させるものである。
悪が滅びたなら、主人公たちに平穏な日々がやっと帰って来るのだろうし、
結婚したら新婚生活が待っているのだろうし、
まあとにかく、
「取り戻したかった日常」が次に来るのだ。
その平和な予感をして終わるのがラストシーンの役割だろうね。
ハッピーエンドでない場合は、
悲劇に終わったその後を想像して、
空恐ろしくなるのが目的なわけだ。
(ホラーで死ぬとかが分かりやすいか)
優れた物語は、
その後を想像させる。
あいつはあのあとこうしてるんだろうな、とか、
あのキャラはあれをするかなー、とか、
約束していたあのことをするんだろうなあ、とか、
そういうやつだ。
それを見たいと思わせる理由は、
おそらく「その人が好きになっているから」だと思うんだよね。
好きでもなっていないキャラクターの、
そんなことは考えないものね。
ということは、
その後を見たいと思わせることは、
最上の観客の反応だということになる。
キャラクターに感情移入がうまくいって、
好きになってもらえたということだ。
続編を作りたいとか、そういうことではない。
主人公たちを乗せた列車はまだどこかで走っていて、
それをいつか見れたらなあ、
という思いを抱かせるほどに、
その世界に浸ることが楽しかった、
と思わせたら勝ち、ということだ。
今回トラブルで色々あって、
主人公たちとじっくり平和に楽しむことが出来なかったから、
落ち着いて時間を過ごしてみたいよね、
と思わせるのが最上だと僕は思う。
トラブルで色々あることがストーリーであり、
その後平和に過ごすことはストーリーではない。
だから、
その願望をそのまま実現すると、
腑抜けた同窓会にしかならないだろう。
多くの人気作品の続編は、
それで失敗するよね。
腑抜けた同窓会になるか、
トラブルを起こさなきゃと、前回以上の問題がやってきて、
やっぱりゆっくりする暇がなくなり、
へたしたら前回のキャラを殺したりするからね。
だから、次はない。
「ああ、この続きが出来るなら見たい」
と思わせて、その次がないのがベストだ。
別れ際のベストみたいなことだ。
キャバ嬢のテクみたいなことか。
すべてが分かったので、二度と来ない、
のも満足のひとつだけど、
何度もリピートするのは、
「ああ、この別れ際をもう一度楽しみたい」
という欲望かもしれないね。
僕が好きなラストは「さよなら銀河鉄道999」の、
鉄郎とメーテルの別れのシーンなんだけど、
あの別れ際を、何度でも見たい感じにさせられる。
仮に続編があって再会するのは、
ないと僕は思うわけさ。
あそこで二度と会えなくなるから、
人生はいいんだ。
あらゆるつくりごとの中でもっとも豊かなものは、
想像だ。
だから、想像させることは、つくることよりも豊かなものを生む。
女のスカートはひらひらして「その奥に何があるのだろう」と想像させるのが最上であり、
めくってしまったらおしまいなのだ。
だから、ラストは最高にその後を想像したくなるように締めると、
いいラストになると僕は思っている。
2025年01月06日
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