Twitterから。
> 親指シフトのワープロ使わなくなって久しいですが、たまに私用で大量の書き物が必要になったときに専用キーボードを持ち出すと、すぐに喋るより速く打てるくらいまで回復します
「喋るより速い」って???
これは物理速度のことではないのではないか、
と思ったので議論してみる。
親指シフトは1アクション1カナだ。
だから1音1音発音するのと同じように打てる、
というのが触れ込みである。
(これはJISカナにおいて、
゛゜を後付けして2打必要なことへの批判的改良だ。
だけど2文字1音の1モーラ音、
たとえば「しょ」「ヴィ」などは2打必要で、
ここで詭弁が発生する)
いや、それにしても、
喋るより速いってことはないやろ、
変換もあるし。
そもそもNHKアナウンサーは分速300字(変換後)で原稿を読むが、
現代の最速タイパーでも250程度が限界だ。
そして親指シフトの「指が喋る」の標準は240〜180カナ(変換してない)だから、
これよりかなり遅い。
などと考えると、
これは「自分から見て、どちらが文章がまとまるか」
という主観的な話ではないか、
と考えたわけだ。
喋ることは、話がよれやすい。
「今何話してたっけ」とか、
「要するに」と言いながら要約できてないとか、
「逆に」と言いながら逆の話ができてないとか、
勢いで論旨が打ち消されるとか、
前振りしないでいきなり結論に至るとか、
前振りしたけど使ってないとか、
往々にしてあることであり、
それを考えると、
「まとまった話を喋ることは案外難しい」が、
喋ることの限界でもある。
一時間の講演をすることを想定したまえ。
アドリブで、実のある一時間の話ができるか、
ということ。
ただ喋るだけだと、案外難しいんだよね。
(だから対談形式にして、インタビュアーに質問させると、
容易になる)
これに対して、
書くことは、瞬間的には速度で負けるかもしれないが、
全体の論旨を俯瞰できるし、
切り貼りや修正も可能なので、
結果的にまとまった文章をつくるには、
「書いた方が早い」まである。
一時間の講演の内容は、
アドリブで喋るよりも、
書いた(おおまかな)原稿があったほうがいいはずだ。
その、書いた原稿なしで、
うまく論旨を整理しながら喋るのは、
ずいぶんエネルギーを使うのでは?
ということだ。
というわけで、
「速さとはなにか?」を問うとき、
○文字/時間で測られる単位以外のこともあるのでは?
という話だ。
つまり書くことには、
「内容をまとめる」が伴うことを、
単なる速度測定では見逃されているよね、
ということかな。
だから、
一定以上のクオリティのことを表現するならば、
喋るよりも、
書く方がエネルギー消費量が少ないのでは、
ということを言おうとしている。
あとは、
そのエネルギー消費量が少ない方が、
良い「書くメソッド」だと思う。
親指シフトよりも指の繋がりがよく、
1モーラ1アクションで、
各種機能が人差し指起点で組まれている、
薙刀式のほうが優秀だと僕は思うけれど。
そもそもさー、
文章書く仕事の人が「○文字/○分」なんかで、
効率測るのが頭悪いよな。
どんな文章でもいいのかよ、って感じだ。
文章は機械的作業ではない。
そのことを議論してない配列設計は、
目的の設定を間違っている、
ないし問題設定を低く見積もっている、
まである。
2024年09月20日
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