2025年03月08日

comeではなくgo

プロットの全体を見渡したときに、
comeとgoどっちが多いだろうか?


物語=行動、という論に立てば、
goが多くならなければならない。
何かが勝手に起こるまで待ち続けるのは、
メアリースーというものだ。

幸せは歩いてこない、だから歩いていくんだね、
というのが物語だ。
物語とは、どれだけ歩いて幸せにたどり着いたか、
を表すものである。


で、もちろんそれだけじゃなくて、
人間だけではどうしようもないcomeもある。

・自然のアクシデント(雨、風、台風、火事、地震、大雪)
・イベント(正月、クリスマス、ハロウィン、受験、卒業、入学)
・事故、病気、死、妊娠、誕生、戦争、疫病
・事故による鉄道の遅延や麻痺、渋滞
・特売セール、閉店
・タクシーが来る、来ない

などがそうだね。
これらは因果関係なく起こるから、
多用しないほうがよい。
人間にはどうしようもないものの象徴としては使えるので、
場面によって効果的に作用するだろう。
戦争とか、庶民ではどうしようもない大きなものには抗えない、
というのは大きなテーマになるに違いない。

この他にcomeがある。
・こちらが何かをしたので、それに対するリアクションとして、
 何かをされる(いいことも悪いことも含め)
・こちらが何かをしたので、世間のリアクションがある

これは来た、という感覚だけど、
自分がやったことに対する何かだから、
goの結果、と考えてよい。
comeというより反射だ。

これらはgoに数えていいんじゃないか。
goしなかったらなかったことであり、
行動の結果、波紋、因果関係だからね。

たいてい、こういうリアクションは遅くやって来る。
賞を取るのはだいぶあとになってからで、
その時は別のことをやっている時だったりするし、
恨みを買って復讐されるのは、
向こうの綿密な計画ができて、チャンスが来てからだ。

あ、チャンスはcomeだけど、
それが来るまで準備するのはgoだね。


全体を通じて、
comeとgoを数えた時、
goのほうが多いように見えると、
積極的な展開で、
comeのほうが多いように見えると、
消極的な展開に見えるだろう。

「こいつ、待ってるだけじゃねえか、
自分で責任取りたくないんだろ」と思われるのは、
comeが多い時で、
「そんなにそれがしたいのか、リスクを負っているなあ」
と思うのは、
goが多い時、ということだね。

どっちが面白いかでいうと、確実にgoが多いときだ。
そのほうがドキドキする。


物語の最初は、comeから始まることが多い。
アクシデントが起こったり、
何かのきっかけの事件がcomeする。
それに対してgoの必要があり、
goの連鎖に入っていくのが物語の序盤である。

最初は逃げるを選択するかもしれないが、
いずれ自分の動機をかなえるために、
goの世界へ行く、というのが序盤だろう。

中盤は、それに対するcomeがあったり、
それに返すgoがあったり
(直接反撃しなくて戦略的に避けていくのもgoに入る)
して、紆余曲折していくわけだ。
ただし、comeのないgoは、
「やりっぱなし」で面白くないかもね。
なんらかの周囲の反応(積極的でも、消極的でも)がないと、
goの意味もなくなる。

その最後のgoをするときだ、
が第二ターニングポイントで、
一番大きなgoの見せ場が終盤ということだね。
そしてもうgoする必要はなくなり、
日常へ帰っていく、
というのがラストシーンになるだろう。

この時、
全体を通してgoをしているように見えたら、
行動が結果を導き、それに意味があったのだ、
という風に見える。

全体を通してcomeばかりあるなら、
イベント待ちのチキン野郎、
ということになるだろうね。

モテない男で考えればすぐにわかるだろう。
女の子に話しかけられるのを待っているだけの男は、
彼女をつくれない。
女の子に積極的に話しかける男子だけが、彼女をつくれるわけだ。
(嫌われたら次へgoでいいさ)

ちなみに、受動的な人が、
「受動的な主人公が幸せになるのを見て楽しむ」というジャンルが、
僕はポルノだと思っている。
多くの素人ラノベはこれにあてはまりそうだ。
ポルノではラッキースケベが沢山あるが、
受動で興奮できることを楽しむジャンルだと言える。
つまりそれは天気を見ていることと変わりなく、
都合よくいい天気ばかりそろえられているということだね。

物語はこの真逆で、goとその結果を楽しむものである。
自分で天気を変えていくジャンルのものである。
ジャンルを違えてはならない。


これは、
プロット全体を眺めて考えることが出来る。

ここでどういうgoをしているのか、
comeがあるとしたら、突発的なものか、
それともgoの因果が招いたことなのか、
をチェックしていくとよいだろう。
posted by おおおかとしひこ at 11:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック