2025年02月09日

これが僕が憧れた「映画」だったのかもしれない

写ルンですのプラレンズを何かのカメラにマウントして、
それっぽくグレーディングしたもの。
https://x.com/Imsai1212/status/1888172672367865950
https://note.com/imsai1212/n/n33a90a82694a

昔映画には独特の空気があった。
テレビドラマはビデオで撮ってて、
映画はフィルムで撮ってたから。
CMもフィルムで撮ってて、だから僕はCM業界に入った。
フィルムはフィルムの独特の空気感があって、
日常を映画に変えることができた。


僕は学生の頃8ミリフィルムを回してて、
その時の絵を35や70で撮ってる感じの絵だね。

フィルムは、全部を写さないと僕は思う。
具体的には暗部はかなり潰れる。
適正絞りから下はだいぶ落ちる。
一方ハイライト側はかなり映る。
ラストカットの電車の車体の夕日の映り込みなんかが顕著で、
デジタルのカメラなら潰れるところが、
ものすごくディテールが残っている。

ああ、この感じ。
そこらへんの風景が、突然映画になった感じ。
(記事を見るとアンダーで撮ってるそうだ)

写ルンですのレンズだから焦点距離が1種類しかないのかー。
24mm相当くらいかな。
50と100はほしいなー。
それだけあったら映画が撮れそう。


ただこのLUT以外のトーンにしたときにどうなるかはわからん。
この一種類以外にあり得るかを知りたい。


アキカウリスマキとか、
16ミリで撮ってたドキュメンタリーに近いね。
何をしても特別になる感じだ。


誰かが言ってた。
ビデオは記録に近い。
フィルムは記憶に近い。

映画は記憶に近い体験。
だから「夢」を描く。

今のデジタルの絵前提じゃあさ、
現実の記録にしかならないのだ。
こんな風に「記憶」の中の出来事だから、
映画は無茶苦茶な脚本でもフィジビリティがなかったんだな。

映画が映画でなくなってきたのは、
やっぱこういうフィルムの空気感の喪失のせいだわ。
次やる時の参考にしよ、まじで。
posted by おおおかとしひこ at 10:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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