説明が下手な人がやりがちなこと。
説明をなるべく避けて、省略してしてまって、
余計に分からなくなるパターン。
人間、苦手なことは避けたくなるものだ。
だから説明するパートを避けて、
なるべく短く済ませたくて、
話を省略しがちにしてしまい、
それがかえってわかりにくい説明になり、
ますます苦手意識がうまれ……
という負のループがよくあると思う。
それはいつまでたっても説明がうまくならないし、
そもそも面白くないことは、とても問題だ。
最悪の「説明が足りて分らない」という状態を脱して、
「くどい説明だが、分る」という次善策を選びなさい。
何が起こっているか分からないくらいなら、
くどくて冗長だとしても、分るほうがよい、
ということだ。
説明とセリフは、書けば書くだけうまくなる、
と言われている。
単にこなした量が少ないから下手、
ということが世の中にはよくある。
だから、下手なりにでいいから、
誠実に説明してくれたまえ。
きょどきょどして説明をなるべくせずに、
クールにふるまっているふりをされるよりも、
口下手だが熱心に誠実に説明してくれるほうが、
誠意があると感じるだろう。
それでいいと思う。
ちょっと長いなー、というものでも、
丁寧にやっていけばよい。
というか、巨匠ほど、
ちょっとした説明でも時間をかけて、
わかるようにしていくと思うよ。
上手いか下手かをわけるのは、
必要最低限に収められているか、ということだけだと思う。
だから3分必要な説明を、5分かけてもいいのだよ。
10秒で説明したふりして「わかってくれ」というよりまし、
ということだ。
この人はどういう人なのか。
今どういうシチュエーションなのか。
一体何が起こっているのか。
事件の真相はなんだったのか。
あいつはなぜそんなことをしたのか。
どうやってこの行き止まりに至ったのか。
いつまでに何をしなければならないのか。
なぜ好きになり、なぜ別れようと思ったのか。
そんなことを丁寧に説明しよう。
で、
説明をしっかりしておくと、
「あとでもう一回説明する必要がなくなる」
という効果に気付こう。
ああ、それは織り込み済みなので、
もう一回説明しなくてもわかるわ、
というくらいになっていることに気付こう。
つまり、説明シーンは、その場だけの説明ではないのだ。
後半に説明をしなくて済むように、
今丁寧に説明している、という自覚をもってもいいわけ。
あと、説明は熱心にやるのがいいね。
口下手でも汗をかきながら説明してくれれば、
人は黙って最後まで聞くよ。
説明に魂が込められていないから、説明が退屈になってしまうんだと思うよ。
スタイリッシュに、スマートに、カッコ良く説明なんてしなくていい。
どうせ人間のやることは、泥臭くて無駄が多いのだ。
それすら楽しめるようにつくることだ。
2025年05月08日
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