僕はどうにも人物関係図が苦手だ。
定式の設定(誰が誰の母親とか、変わらないもの)はわかるんだけど、
動く設定(誰が誰を好きとか、どう思ってるとか)は、
ストーリー進行でどんどん変化していくべきものだろうと思うからだ。
で、それは「初期設定だな」ととらえると、
わかりやすいことが分かったのでメモしておく。
つまり、ストーリーが始まる前の初期設定だと思うとよい。
理想は、この設定を、ストーリーが終わる前に、
すべて書き換えることだと思う。
つまり、最初の人物関係図がまるで変化してしまうことが、
物語である、と思うとよいのだ。
まあ、人物関係図というのは、
ドラマが始まるときの宣伝道具でもあるから、
見てるだけでわくわくできるものであればなんでもいい、
という考え方だってある。
初期設定では好きでなかったのに、
第一話で好きになってしまって、
三角関係がはじまる、というストーリーだったら、
人物関係図は、期待できる三角関係で書いておくべきだろう。
つまり、
主な人物関係、というのが人物関係図の使い方、
ということだろう。
それは書き手には関係なくて、
未見の人へ向けた客引きグッズでしかないということだ。
ちまたの人物関係図を見て、
ストーリーを書く前にまとめておかなきゃ、
と思って、事前に作る人がいるかもしれない。
僕はとくに止めない。
そのことによって整理できるかもしれないからだ。
だけど、
「ストーリーが終わる頃には、
その関係図がまるで書き換わるようにせよ」
とアドバイスすることになると思う。
なぜなら、変化こそが物語だからだ。
もし、最初につくった人物関係図から変わっていないポイントがあたっら、
そこにはドラマがなかったことになると思う。
もし一個も動いてなかったら、
ストーリーがなかったのではないかといぶかるほどだ。
ということは、逆に、
初期設定における人物関係図を書いて、
動いた部分にチェックを入れると、
「まだ書いていない部分」を確かめるチェック装置になるかもしれない。
いろいろ動いたけど、「変わらぬ友情」がテーマだ、
というときには、そこだけは不変になるかもしれないが。
ストーリーとは変化である。
もちろん長丁場の長いドラマでは少しずつ変化していくことを楽しむかもしれない。
でも2時間程度の映画では、
劇的に人物関係図は変化するべきだ。
つまり人物関係図は、
映画においては破壊対象だと思って書くとよい。
あとかたもなくなり、まったく別の人物関係図になっていることが、
理想だろう。
2025年06月21日
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