2025年07月04日

緊張と緩和、デカイ山

緊張と緩和をコントロールしよう。
何をコントロールすればそうなるか。


「戻れなくなる度合い」かな。
危険でもいいんだけど、
もとに戻れる危険ならあんまり意味がないので、
元に戻れないぞ、という怖いポイントを設定するとよいと思う。
つまり綱渡りだ。

これを失敗したら戻れない、
というのが緊張であり、
よかったー、それから解放されたー、
というのが弛緩である。

単に崖があったとしても、
「落ちても死なない」という設定ならば、
緊張は起こらないと思う。
たとえば悪魔と契約していて、
一回までは死んでも死なない、みたいな設定であれば、
崖はまったく怖くなく、緊張も起こらないだろう。
だが急に「あと一回死ぬと死ぬよ」になったら、
緊張は極大になると思う。

死をかけるハラハラだけではない。
女を二股かけて修羅場になるとか、
うっかり発言をツイッターで世間に発表してしまったとか、
いろんな「もとに戻れない」ポイントがあって、
そこに緊張が発生するわけだ。

「親友や妻の死」が、
映画の中で一大イベントになるのも、
それがもとに戻れない、大切なポイントになるからだね。

で、
もちろん、緊張は緊張しつづけると持たないので、
どこかで緩和しなければならない。
ということは、
緩和できるだけの緊張を考えないといけないということだ。
だから「親友の死」を乗り越えて、
笑える日常に戻る、
というのはなかなかに難しい。
「死んだばっかりやのに、何わろとんねん」となるからね。

せいぜい一区切りつける、というくらいしかできないだろう。
だから重要人物の死は、
映画には劇薬だったりする。

ストーリーづくりの初心者は、
ついつい誰かを殺したくなると思う。
劇的な場面が書けるからだ。
そういう人は、死ぬなし縛りで何かを書いてみるといいよ。
結構難しいことに気づくだろう。
それは自分の作家性を削ぐ、
という主張も結構だが、
それ以外の作家性も育てようぜ、という話をしている。


さて。
では、そのストーリー中で、
最も緊張する部分はどこだろうか?
2番目はどこだろうか?
緊張の度合いと、長さを加味して選ぶとよい。

それが、いいポイントに来ているべきだぞ、
ということを言おうとしている。

クライマックス、ミッドポイント、第一ターニングポイント、
オープニング。
いろいろなやり方はあろう。
だけど、一番の緊張はクライマックスであるべきだよね。

大きなヤマはどこだ。
それを全体を見て配置しなければならない。
そのためには、
どこで緊張していて、どこで緩和しているかの、
リズムを見る必要がある。

そして二番目を決めよう。

クライマックスと2番で、
全体の緊張構造、スリル構造が、規定されるわけ。



たとえば「ミッションインポッシブル: ゴーストプロトコル」は、
ミッドポイントのドバイタワー上りが、
一番緊張したよ。
これで後半だれた、という感想になってしまった。
クライマックスが、これを超えられなかったんだよね。

うんこ映画、実写ガッチャマンは、
オープニングが一番緊張して、
あとは弛緩していく一方の、単調減少ムービーである。
勉強のために見ると良い。

逆に良い例。
「アマデウス」の、最大の緊張は、
サリエリと病床のモーツァルトのシーンだ。
二番目は?
初めで出会ったときの、
サリエリの曲を「こっちの方がもっと良い」と、
皇帝の前でモーツァルトが書き換えていくところ。
この2つが対になってるから、
いいんだよなあ。しかもサリエリが変化しているんだよね。
posted by おおおかとしひこ at 10:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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