2025年04月02日

【薙刀式】フレーズ単位の打鍵

結局僕はカナ単位というより、
フレーズ単位でものを書きたい。

日本語の基本であるところの、
7カナ、5カナを単位としたいし、
なんならそれ以上を一気に書きたい。

なぜなら、それが思考の元素だから。


元素が組み合わさって、
色々なものができる。

思考の元素はなんだろう。
母音や子音か。
カナ一文字や漢字一文字か。
いや、どう考えても「概念」でしょ。

概念同士を組み合わせて、
人はものを考えると思う。

英語の場合は、1単語なのかしら。
あるいは数語の塊かな。
複合語のような難しい言葉だと複合単位かもだけど。

日本語は単語単位じゃないだろう。

上の文だと、

日本語は 単語単位じゃない だろう。

くらいに分けられてると思う。
つまり3元素の文である、的な。


これは人によって異なるかな。

日本 語 は 単語 単位 じゃない だろう。

ぐらいに分かれる人もいるのかな。

日本語は 単語 単位 じゃないだろう。

くらいの人もいるかな。


僕がqwertyローマ字を完全否定して、
薙刀式を勧めるのは、
こうした理由だ。

qwertyローマ字の打鍵単位は、
この単位より小さい。

つまり、思考が細切れの元素に分解されてしまう。

nihon go ha tan go tannni ja nai darou .
くらい? 10元素だった。
熟練者ならもう少しつながるだろうが、
3元素までになれるかな?
それは相当な練度がいるんじゃないか。

だけど薙刀式を一年もやれば、

日本語は 単語単位じゃない だろう。

くらいの3元素でスラスラと打てると思う。


3元素で考えてる時は、
もっと先のことを考える余裕がある。
こういう流れの中のこの文、
という上位レベルのことを考えられる。

だけど、3が10になってしまったら、
現場レベルの下位の視点で見るので精一杯じゃない?

目の前の赤ちゃんの世話でいっぱいで、
今日のご飯や風呂しか見れなくて、
10年後20年後の人生設計とか無理じゃない?


文章を書くということは、
ひとつの大河をつくることである。

その中の3元素を扱いたい時に、
それが10や5元素になってしまったら、
大河が見えなくなってしまう。
俺は大河を書きたいのに、
現場に足元を取られることになる。

qwertyローマ字しか知らない人は、
その足元しか見てないのを、
文章だと勘違いしやすい。

あるいは、文章を書きたい人は、
qwertyローマ字で射程距離を縮ませられている。

僕がqwertyローマ字を完全否定したいのは、
ここなのだ。

もっとも、思考レベルが高い人しかこれを把握できず、
バカはこのことを理解できない。
これは正直な事実であり差別意識はない。
そして、qwertyローマ字はバカに合わせた配列だ。

ここははっきり言っていいんじゃないか。
散々qwertyローマ字の成立と普及の歴史を調べてきたが、
誰か賢い人が日本語の本質を考えて、入力法をつくった形跡はない。
場当たりでつくったものが場当たりで広まっただけだ。

筆や和紙や鉛筆やノートのような、
優秀な人が作った優秀な道具ではない。
市場原理で広まったqwertyローマ字の見えざる神の手とは、
バカという平均である。

当時の対抗馬の親指シフトもM式も新JISもTRONも、
頻度は1gramと漢字の2gramまでしか考えてなくて、
せいぜい1〜2カナまでしか思考の元素ではない。
日本語による思考まで到達していない。


なので、
思考をスポイルされてると思う頭のいい人は、
さっさとqwertyローマ字を捨てなさい。

バカと賢い人を分けて差別する意図はない。
賢い人がバカに足元を取られてるぞ、
それは損だぞ、
自衛しろといいたいのだ。


薙刀式は、上の例のように、
一文を3元素に割れる程度に、
7カナや5カナを一筆書きできるように、
考え尽くした配列だ。

あまりこういうことを聞かないので、
カナ配列の中でも特殊な特徴だと思っている。
具体的にはつなぎの語が早くなめらかなことと、
話題の語は強い指をなるべく使うことで、
これを確保している感じ。

僕が薙刀式はいいぞ、というときは、
この、思考がなめらかに文字に定着するので、
「考えやすい」ということにつきる。

qwertyローマ字だとなぜ考えにくいのか、
を考えると、
赤ちゃんの世話をしてるから、だと思うわけだ。
qwertyローマ字は指に錘をつけている。
それが思考に枷をかけている。

もっとぐんぐん進む、滑らかな動線の配列を使いたまえ。
そうしてはじめて、
日本語で思考を書くことができるのではないだろうか。



薙刀式が「唯一の」そうした配列かはわからない。

運指がヌルヌルつながる飛鳥でさえ、
ここまでのことは議論してないので、
飛鳥使いの意見を聞きたいところ。

統計的N-gramが滑らかに打てることが必要条件ではないと思う。
元素の切れ目は悪運指でよいだろう。
(逆にN-gramが全て滑らかな理想的配列があったら、
元素の切れ目でも繋がるゆえに、
元素の中の集合力は相対的に弱くなりそうだ)


薙刀式の理想はつまり、俳句を3元素で打てることだな。
5、7、5で打ちたい。
理想なので毎回そうはいかないとは思うけどさ。

(動画ネタとしておもしろそうだから、
今度やってみようかな)
posted by おおおかとしひこ at 11:10| Comment(0) | TrackBack(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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