難しいことだけど、逆張りとか人のいない所に行こうとすると、
ろくなことじゃないぞ、という話。
もちろん、真ん中には人が多い。
すぐにレッドオーシャンになるから、
なるべく人のいない所に旗を立てて、
そこで王様になりたい、という気分はよくわかる。
ブルーオーシャンを先に見つけて、そこで勝ったやつが勝ち、
というルール、世界の法則も良くわかる。
だけど、マスで受け取る何かが、
マイナーなブルーオーシャンでいいか、
という話だ。
もちろん、使い古されたレッドオーシャンはいらない。
飽きたからだ。
だけど、レッドオーシャンになっていない、
真ん中はあると僕は思う。
それは、「そのテーマの真ん中」だと思う。
そのテーマを選んだからには、避けて通れないところがある。
母親のことを描きたかったら、
母の愛情や出産や育児から離れられないよね。
金のことを描きたかったら、
金欠や金満や金儲けのところから離れられないよね。
そのテーマで扱う真ん中から逃げたらよくない、
ということなのだ。
ベタな演出やベタな人間関係やベタな展開が真ん中なのではない。
僕の考える真ん中とは、
そのテーマのど真ん中でやるべきこと、
だと思う。
金のことをテーマにしておきながら、
金欠から離れるわけにはいかないが、
だからといって、
「貧乏暮らしをしている漫画家」「貧乏学生」はベタだということだ。
つまり、真ん中にいる、別のブルーオーシャンを探すことだ。
「ものづくりの情熱」を描きたいときに、
建設業界や伝統工芸や工場を描くのではなくて、
「二次創作漫画家チーム」を描いてもいいわけだ。
真ん中にいながら、ずらす。
それをやればいいだけのことである。
真ん中にいることが怖くて、逃げてしまったことを、
「人のいないところで旗を立てる」とうそぶいてもしょうがない。
誰も来ないところに旗を立てても、
マスコミュニケーションである映画では意味がないと思う。
テーマの真ん中から逃げずに、
ブルーオーシャンを見つけるべきだろう。
いつだって世界を変えるのは若者だ。
若者が真ん中から逃げたら、ろくなことにならない。
逃げて生き延びるくらいならば、
真ん中で派手に散ったほうが、ドラマになるというものだ。
私たちはドラマを描いているのであり、事実を描いているのではない。
面白いほうを書くのである。
いま何を書いたらいいか。
どういうテーマが旬か。
そのテーマの真ん中はどのへんか。
それをベタに描かずに、
新しい角度から描けるネタとはなんだろう。
そのようにして、
新しいものを発明するのだ。
2025年07月13日
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