2025年04月09日

エレクトラコンプレックスとBL?

について考えたんだけど。


「なぜ攻めと受けが存在するのか?」について、
エレクトラコンプレックス=母親を殺して父親と結ばれたい願望、
とすれば、
攻め=父親的イデア、受け=自分のイデア、
と解釈すると辻褄はあうのかしから。
でもそうすると男子と女子の恋愛ものにいかずに、
男同士を妄想する理由がわからなくなる。

そもそもエディプス/エレクトラコンプレックスは、
男権主義的な妄想と批判する説もあるし、適用範囲がわからん。
フロイト主義者、ユング主義者の識者におかれましては、
うまく考察してください。
別に僕はそんなにBLに興味がないし、詳しくもないんだけど、
こんだけ広まってるからには、
人間の心の機序に深く関係するはずなんよなー。


80年代のノリのように、
ビョーキなんでしょうがない、
くらいにケセラセラでいいと僕は思ってるが。
posted by おおおかとしひこ at 10:43| Comment(2) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
父殺し=男性性の確立、母殺し=女性性の否定とすると辻褄は合いますね。まさに男権的社会においては女性性に否定的印象がつきまとうということもいえる。母に成り代わったところで父を所有できないというか。
Posted by ラクダエン at 2025年04月09日 11:12
>ラクダエンさん

まー理屈はそうなんですが、
毎回この話男側から納得する説ばかりで、
当の女性側からの話が出てこないので、
やっぱ押し付けなんじゃないか、
などと穿っております。

百合を見るときに他者としての父殺しとか、
自分の中の父殺しとか、あるの?と考えても腑に落ちないから、
きっとフロイディズムは他人を理解するための理論かも知れない。
Posted by おおおかとしひこ at 2025年04月09日 13:24
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