面白い話題だ。
競技と実戦の差の大きな部分だろう。
TK Lab.@TK_Lab_さん
> 自作配列に足を踏み入れるにあたって、先人様たちの資料はそれなりに読み漁ったけど、「組立」の負荷についてほとんど考慮されてない印象だったな まあ「全速力」で打たない限り組立の負荷って表面化されないからだと思うんだけど 私も競技じゃない日常のタイピングで組立の負荷を感じることはないし
競技においては、
認識→組立→打鍵というループをするそうだ。
なんなら認識は今打鍵してるよりも少し先をしていて、
組立、打鍵は遅れで発生してる状態だろう。
あるワードをチャンクに分けるのは、
認識と組立とどっちになるんだろ。
仮に組立としようか。
認識をチャンク単位でしたとしても、
手への信号としてパッケージに分けて送る必要があるから、
チャンクに分けるのは組立にあたるのかしら。
そのあと、具体的な指信号に変換するんだろう。
これはあくまで競技打鍵の速度帯で起こっている、
とても高速な処理だろう。
そして実戦ではこんなに速い処理はいらない。
なぜか。
「文を考えている」からだ。
競技では、脳の処理は、
認識→組立にほとんど使われるだろう。
そのあと運動神経に流して打鍵するだろう。
この、脳の処理にあたる部分で、
「文を考えている」のが実戦だと思う。
ありていにいえば、
「競技は、文を考えていないので、
その部分を使って認識、組み立てをする」
と言えると思う。
多くの新配列は、
「文を考えて、書く」ことを前提としている。
だから、「文を考えるのを圧迫するような、
使いづらい配列」から、
「文を考えながら制御できるレベルの、
負荷の少ない配列」へと、
設計している。
「使いづらい」「使いやすい」
「負荷が高い」「負荷が低い」には、
人によって色々ある。
僕にとって、苦手な左薬指多用配列は負荷が高く、
薬指を動かそうとするたびに「いやだなあ」と、
感情的負荷が高まって、
文を考える脳を侵食する。
極端にいうと、qwertyローマ字を使ってる時は、
SやWを使わない文を書こうと、余計な動作をすることになる。
SやWを避けるような巧妙な手を使わずとも、
SやWのたびに心が挫けて、
文の勢いがなくなり、思考も萎んでいくわけだ。
switchとかもう無理。
これは、打ち手の技量と関係する。
競技レベルの人は、もっと別のレベルで悩んでいるだろう。
たとえば同指連打を最適化でかわそうとか。
とはいえ、
その認識や組立に負荷がかかるわけだ。
日常で文章を書くときに、
最適化使うのかな?
複数最適化があり得るワードはどうするんだろ?
競技優先であれば、
「その言葉はその最適化を使う」と決めて、
日常でもそれを使っているうちに、
漢直みたいに、打鍵列と言葉が一体化してしまうのだろうか。
で、
多くの新配列設計者は、
「文を考えるために、配列による負荷を下げたい」
ことを目的としているはずだ。
つまり、「組立など言語道断」というのが、大方の意見では。
「無意識で使えるレベルに、配列の負荷を落としたい」
というのが目的だと思う。
ローマ字新配列で左右に母子分離しているのは、
速度のためではなく、脳の負荷を下げるためだ。
打鍵組立を楽にするためだと思う。
(なお左右母子分離ローマ字のカタナ式では、
右手だけで見た運指がアルペジオしやすいように、
左手だけで見た運指がアルペジオしやすいように、
色々考えた。
速度ではなく単に楽だから)
カナ新配列では様々な設計思想があるけれど、
薙刀式の場合、
「話題の語+繋ぎの語のワンセットを、
一気にじゃらっと打てば脳の負荷が下がる」
と考えている。
話題の語と繋ぎの語に関しては前記事がわかりやすい。
これは文法用語ではなく、
僕が独自に定めた用語だ。
代表的な例は、名詞+助詞かな。
一文節の代表だろう。
つまり、「なんとなく文節単位を打鍵組立の一単位にしたい」
というのが僕の中にある。
なので文節の組立負荷を0にしたい、
というのが薙刀式の設計方針であるわけだ。
もちろん、日本語の一文節は複雑なパターンなので、
完璧にはならないから、
統計連接を打ちやすいアルペジオにしたり、
繋ぎの語の方を打ちやすくすることで、
どんな文章でも有効に使えるようにする、
などの方針で補っている。
これに比べると、英語なんて楽なもんよ、と思う。
単語打ってスペース打てばいいんだから。
打鍵組立は単語の中だけに集中できるだろう。
つまり英語は、
競技においても実戦においても、
打鍵組立負荷が、日本語より相当小さいのでは?
などと想像している。
(両方を十分やった人でないと比較できないだろう)
これを条件対等にするために、
日本語のタイピングゲームは、
「単語単位」が発達したのではないかと考える。
日本の競技タイピングの理論は、
英語タイピングの影響が多い気がする。
「英語は単語単位で文をつくるが、
日本語は文節単位でつくるよな」議論を、
競技界隈であまり聞いたことがないなー。
(沢山競技の話を見たわけではないのもある。
なおテルさん編集のバイブルは通読しています)
と、いうわけで、
日本語の競技と実戦がかけ離れているのは、
変換ありなし問題もあるけれど、
日本語の文節構造の特殊さもあるのではないかと思う。
こういう風にして、
接着剤のようにペタペタと貼り付いて文を繋いでいく構造は、
日本語と韓国語だけだ、
という話を聞いたことがある。
比較言語学詳しい人補足ください。
(言語の分類としては膠着語だが、
接頭辞がつくフィンランド語なども膠着語に分類されていて、
格構造ありなしなどで分類してる言葉が見つからなかった…)
なので、
日本語には日本語独自のタイピング理論が必要
(競技でも実戦でも)と僕は考えていて、
そのひとつが、話題の語/繋ぎの語という分類だ。
それは、組立という脳負荷を下げるための方法論のような気がする。
新配列設計者、競技者の心を知らず、
のレベルだと思う。
なぜなら、新配列設計の動機は、
「日常で標準配列に困っている」からだ。
パッと打つのは文句なくても、
長い文章を打つのに困っているからだと思う。
競技者から見たら、相当レベルの低い所で困っていて、
標準配列の難易度の壁を突破できなかった弱者が、
弱者から抜け出すための道具が新配列だ。
だから、強者用の新配列なんて存在しないのである。
いろは坂配列が唯一くらいじゃないか。
目的が競技寄りで、実際結果を出しているのは。
月配列も一人だけ結果を出してるがタイパーだし。
「タイピングの下手なボクが新配列を使って、
RTC優勝だー!」なんて話はないのだ。
「タイピングの下手なボクが新配列を使って、
その辺のやつよりバリバリ書くぞー!」
までは出来ている。
僕は新下駄のkouyさんが特別頑張ってるなーと感心してるくらい。
なので、
認識、組立、打鍵というサイクルに適した、
配列理論というものはまだない、と言っていいと思う。
あ、いろは坂では折り返し打鍵を減らす、
という工夫はしてたか。
折り返し打鍵になる前になるべくアルペジオを続けるように、
工夫されているはず。
なので折り返し単位が、
いろは坂の打鍵単位になるものだと考えられる。
こういう組立を頭の中でやって、
じゃらっと単位で打つのだろう。
(作者のめんめんつさんはブログ停止中で現在非アクティブ)
ちなみに、薙刀式の打鍵単位を示した動画がある。
https://m.youtube.com/watch?v=ta2lrz6bYnQ
[]で囲ったところがひとつの単位で、
薙刀式はこれをなるべく一息で打てるように、
運指が考えられている。
競技レベルの組立はもっと短い範囲、
ローマ字だと子音母音単位まで行く話だとは思うが、
実戦だとこんな精度、と比較されたい。
2025年05月01日
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