Twitterから。
> 最近ローマ字ばかりで薙刀式さわれてないなーと思いながら「そうです」を脳内タイプしたらすんなり指が動いて、それから「このキー本当にここだっけ?」の検証を1つずつしたら合ってて、指が先行する感覚を味わうなど
これは反射化が上手くいってる証拠。
大脳を経由せずに指が勝手に動く感じ。
でもこれにはある程度根拠がある。
我々の大脳での判断は、
我々が感じるよりも少し前(0.何秒か)に終わってるらしい。
それが意識側に渡されて、
「私はこうしようと思った」と意識するらしい。
つまり、
何かを書こうとしたとき、
意識側に送られるよりも、
小脳経由の運動神経が速ければ、
指が動いたあとに、「私はこう打とうと思った」
となるはずだ。
まるで指に書かされているような感覚だけど、
さすがに指が考えるわけではないが、
感覚としては指が先行した、
と思うにちがいない。
おそらくだけど、
「指が喋る」というのはこうした状態のことを表現してて、
指が勝手にぺちゃくちゃ喋るように、
指が先行してしまう感覚のことを言ってるような気がする。
もちろん、
常にこの状態だとなんだか気持ち悪いので、
時々こうなる、という程度じゃないかと思う。
書き終えてから、
「私はこんなことを考えていたのか」
と驚くこともある。
手書きにおけるトランス状態だと、
僕はこれに入ることは毎回確実に出来るのだが、
タイピングだとうまく行かないんだよね。
やはり色んなことが邪魔をしてるのだと考えられる。
ただ、
qwertyローマ字でもカタナ式でもならなかったのに、
薙刀式では時々この指が先行するときがあるので、
カナ配列くらい手間のかからない配列が、
こうなりやすいんじゃなかろうか。
「そうです」なんて、とくに薙刀式では相当打ちやすい。
()を同時打鍵として、
BL(EJ)O
なので、指が覚えてれば高速で無意識に打てる。
感覚としては、
「指が思考を追い越している」感じになるだろう。
もちろん、すべての言葉では原理的にならないので、
繋ぎの言葉だけはこうなれるの、いいよね。
2025年05月04日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック