大体新しい電車に乗るたびに、
公共交通機関にキレている。笑
今日はJR目黒駅のこれ。
何が良くないかわかる?
その原因はなに?
シンキングタイム。
「わたしたち客は、
品川と恵比寿がどこか知らないこと」だ。
そもそも電車というのは乗り換えが多い。
最初はこちらに進んでいても曲がったり、
乗り換えたら方角なんて気にするわけがない。
私たちにとって大事なのは、
出発地点と目的地と乗り換え駅でしかなくて、
大体は「次の大事な場所」しか頭に入っていない。
ちなみに東急目黒線からJR目黒駅で乗り換え、
新橋を目指していた。
僕にとって新橋しか頭にないので、
せいぜい東京方面くらいしか想起できない。
目黒と恵比寿と品川と新橋と東京。
うーんどっち?
車を運転してたらこれはダメだろう。
地図の中の自分がどこかわからないと意味がない。
だけど電車はそうやって乗るものではない。
自分が新橋に行きたいだけで、
自分の視点からしか見ていない。
それが楽だから、混んでても電車に乗るのだ。
品川ってどっち?恵比寿ってどっち?
そもそもどっちから電車が来るの?
全然自覚したことがない。
もちろん、落ち着いて考えればわかる。
立ち止まり、この線路はこちらへ向かうので、
こっちが品川方面、こっちが恵比寿方面、
と指差すことはできる。
まあ30秒はかかるだろう。
だけど朝の混雑時で全員がそれをやったら、
大パニックだろ。
ということは機能していないわけ。
混雑時に秒で指示を出すことに、
適した表現ではないわけだ。
当然、9、10、11号車がどこらへんなのかも、
俺らは知らんがな。
たとえばこうだ。
「この付近は混雑します。
↓の方面は空いています」
だけでいいと思う。
つまり、客の基準で指示すれば良い。
英語でシンプルに考えると正解が出やすい。
Here Crowded
↓ is Vacant
だけでわかる。文法間違ってたらすまん。
なぜこの齟齬が起こっているか?
「駅員目線での指示」だからだ。
目黒駅の駅員にとっては、
恵比寿方面も品川方面も絶対的にわかり、
9〜11号車がホームのどの辺に到着するかもわかっている。
だから、それを言っても明らかだと思ってしまうのである。
また、「なるべく正確な指示を」と考えてしまうのだろう。
「この付近は混雑します」だと、
「この付近とはどこまで?」とか、
「常に混雑してるわけではないから、
朝の通勤通学時間帯は、というべきでは?」
と、文言を追加して正確にいいたくなるわけ。
結果、
「朝の通勤・通学時間帯 品川寄り9、10、11号車付近は混雑します」
と、正確にいってるわりには、
秒で意味が取れる表現になっていない。
混雑時にこれを秒で理解できるのは、
駅の空間関係、時間関係を把握してる駅員だけである。
また、人が文字を読める速度は6字/秒だ。
これは映画字幕の基準だ。
集中して見てる映画の集中力を使って、
上の文に4秒かかる。
混雑時、人の流れに乗っている時に見れる秒数ではない。
この表現を決めているのは誰か?
駅員が指示し、駅員が決めていると考えられる。
内部のルールだけで動いていて、
「外の人がどう思うか?」まで、
思考が進んでいないのだ。
まあ、駅員さんは正確であるほうがいいから、
正確を心がける態度はすばらしいよ。
だが表現はそうではない。
表現は、誤解を前提としている。
正確にいうと、概ね伝われば良い。
誤解30%を含んでも、70%伝われば良い。
仮に、
「この付近は混雑します。
↓の方面は空いています」
で、
「この付近とはどこまでかわからない」
「いつも混雑してるとは限らない」
「↓は空いてなかった」
とクレームが来たとしよう。
それはそうだ。
それは30%の人なのだ。
それだとしても70%の人がスムーズに↓へ進み、
混雑が緩和されれば表現の意図を果たしたことになる。
仮に100人の客がいるとして、
1件もクレームが来ず、
100人が混雑から解放されないよりも、
30件クレームが来るが70人を助けるほうが、
表現として優秀なのだ。
「表現は人を傷つける」とは、
このようなことをいう。
傷つけてもな目黒駅の混雑が緩和されるなら、
天秤をかけて混雑緩和をとるべきだ。
最大多数の最大幸福原則が正しい。
写真にあげたものは、
1件もクレームが来ないことを目的としている。
人々を「↓」方向へ誘導していない。
つまりゴミである。
ない方が美しい。
2025年05月23日
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